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2011年4月

2011年4月30日 (土)

掛川普門寺の藤

掛川市大須賀 普門寺の山ふじを見に行ってきました。普門寺は、8世紀初頭行基によって開山された古刹ですが、いまはやや寂れてしまっています。

藤は樹齢200年で、幹の中は空洞になりながらも、広く花をつけていました。房は長くはありません。ちょうど満開でした。

Dsc00628 山ふじの棚

Dsc00630 満開の山ふじ

Dsc00631 山ふじ

Dsc00626幹  標識には「山ふじ樹齢二百年余」と書いてあります

車で5分ほどの近くに清水邸庭園があります。清水家は江戸時代回船業を営み、繁栄しました。湧水を取り入れた回遊式庭園が見事です。

Dsc00640 湧水亭

Dsc00643 回遊式庭園

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2011年4月29日 (金)

岡崎公園の「五万石ふじ」

桜が終わり、ふじの季節となりました。街角や公園や植物園でふじの香りが漂い、見ごろを迎えようとしています。房の長さが1m以上にもなるふじの名木が、近郊にも多くあります。今日は岡崎公園の「五万石ふじ」を見てきました。

ゴールデンウィーク初日でイベントもあり、岡崎公園はかなりの人出でした。藤棚は公園の一角にあり、1300平方メートルあります。3本づつ寄せ植えされており、幹は太いもので2.4mあります。

樹齢は約120年で、古くから「五万石ふじ」と呼ばれてきました。まだ満開に達しておらず、7分咲きほどでした。

Dsc00604 ふじ棚

Dsc00609 ふじの幹

Dsc00610 ふじの花

Dsc00607 説明版

Dsc00603 岡崎城 

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2011年4月28日 (木)

東日本大地震 12

昨日の中日新聞社説の冒頭です。

『被災地には、兄弟や友人に加え親を失った子供たちが多くいる。最愛の人の喪失という現実が、その小さな肩に重くのしかかる。

避難生活を送る小学生の子供たち七人と「だいこん抜き」ゲームを楽しんだ。岩手県陸前高田市のある避難所でのことである。 よくやる遊びでだいこん役数人が輪になって手をつなぎ、うつぶせに寝る。周りで鬼役の子供たちがだいこん役の足首を持ち引っ張り、つないだ手が離れたら鬼の勝ちだ。だいこんが最後の一本(一人)になるまで攻防が続く。

被災者は早く日常生活に戻ることを願っている。子供たちにとって重要な日常は「遊び」である。避難所生活では、自由に遊ぶ時間も場所もなかなか確保できない。』 以下略

子供が遊んでいるのを見るのは、大人も楽しい。子供の遊んでいる姿は自然であるし、ほほえましくなる。

梁塵秘抄(平安時代末期に編まれた歌謡集)にも

「遊びせんとや生まれけむ たわぶ(戯)れせんとや生まれけむ 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ揺るがるれ」

これが子供の普通の姿である。被災地にも子供が遊びまわる、そんな特別でもないなんでもない普通の日が早く来ることを祈っている。

子供は社会の宝である。子供が自由に遊べる環境を作ることは、われわれ大人の使命である。

今日の新聞によると、死・不明者数は25949人、そのうち小中高生は536人ということだが、この中には幼児が入っていないのでさらに多くなる。

お母さんに抱かれた赤子、弟を庇った姿の幼い姉、ぱんぱんの袋を持った女の子、その袋の中には防災用具が詰まっていた。なんと儚いことか。切なくていたたまれません。

人の死はなんとしても避けたい。これだけの宝を失ってしまった。無くなられた方は無念なことであったろう。痛恨の極みである。

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2011年4月27日 (水)

東日本大地震 11

東日本大地震は1ケ月半が過ぎました。昨日も遺体が数十人もあがっており、考えられない大災害という感が一層いたします。

今も世界からの支援は続いており、米軍は最高時は1万8千人も投入してくれていました。私の知らないところでも、このようなありがたい話は、枚挙に遑(いとま)がないほどあることと思います。

ここに来て、また感動場面があります。それはボランティアの人たちです。ボランティアの人たちは自前の寝床、食料、生活費などを持参しての活動です。

また宿泊所を持たないボランティアの人たちは、ボランティア費を納め、そのような施設に寝泊りして活動するということです。これには、連休中でのその活動の申し込みが続いているということです。

受入数に限りがあるので、断っているということですが、ボランティア数が足りないということではなく、多すぎるということに心強い思いがします。

年齢層も広いということですが、特に若い人が多いということです。また外国からもボランティアの応募が多くあるということです。

感動の限りです。日本は捨てたものではありません。世界は仲間、この気持ちをいつまでも持ちたいと思います。

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2011年4月24日 (日)

梅田川架橋工事

国道23号線4車線化工事が豊橋各所で行われています。その一つ梅田川の橋梁工事は、桁の先端のトラスが対岸まで届き、今日一般公開が行われました。

工事場所は三河湾に面し豊橋港近くです。

Umedagawakouji_3  工事現場位置

近くでは柳生川架橋工事も行われています。柳生川架橋工事は「ベント工法」(仮の橋脚=ベントを立て、橋桁をそのベントで支えながら順次クレーンによって架設していく工法)で行われていますが、梅田川の架橋工事は「送り出し工法」(先端にトラスの構造物を付け、押し出す工法)で行われています。

この梅田川の工事は架橋の始まる前から見ていましたので、順に見ると次のように進んでいました。

P2230001  2月23日

P3140004 3月14日

P3180010 3月18日

Dsc00344 4月1日

Dsc00474 4月15日

そして今日の公開日です。トラスの先端は対岸に届いていますが、橋桁はあと1径間を残すだけとなっていました。

Dsc00584 4月24日

Dsc00586 4月24日

Dsc00589 4月24日 反対側の岸から見る

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2011年4月21日 (木)

富士霊園の桜

富士宮市の「狩宿の下馬桜」に続いて、小山町の「富士霊園の桜」を見てきました。こちらも今を盛りと咲いていました。

日本さくら名所100選にも選ばれており、ソメイヨシノ・フジザクラなど約8000本の桜が咲き乱れていました。人出も多く、桜の下でお弁当を食べていました。風もなく寒くありません。

奥の長い階段を登ると、桜並木が一望できます。

Dsc00539 桜並木

Dsc00546 桜並木を上から

Dsc00542_3 丘の上から

Dsc00554 並木道

Dsc00551 並木の桜

Dsc00550 シダレザクラ

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狩宿の下馬桜

昨日、富士宮市の狩宿の下馬桜(かりやどのげばざくら)を見てきました。開花時期を調べて行ったので、ちょうど満開でした。

源頼朝が宿所井出家の、この桜に駒を繋いだことより、この名がついているということです。

樹齢800年のシロヤマザクラで五大桜(神代、根尾、三春、蒲)の一つということです。

Dsc00532 狩宿の下馬桜

Dsc00529 富士と下馬桜

Dsc00534 下馬桜と井出家

Dsc00536 富士と桜と菜の花と

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2011年4月20日 (水)

神山

箱根の神山に行ってきました。

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2011年4月16日 (土)

さくら 4

今日桜を見に行ってきました。浜松市水窪町大野 旧大野分校跡に咲く見事な桜です。ちょうど満開でした。樹齢150年、エドヒガンザクラです。

Dsc00497 旧大野分校跡地にあります

Dsc00487 満開で、見事なものです

Dsc00492 山間にあり、茶畑に映えます

Dsc00502 名称は「旧大野分校の山桜」としましょう

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2011年4月14日 (木)

東日本大地震 10

東日本大地震9の内容の続きです。

自然災害で私が今一番心配しているのは台風です。台風は来る頻度が多く、海岸埋立地が多いからです。

私は以前は浜名湖北岸に住んでおり、1953年(昭和28年)浜名湖を襲った台風13号で、床上浸水しました。その後1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で床下浸水しました。浸水したのはこの2回で、以後50年以上浸水はありません。特に護岸堤防が作られたということもありません。

そこで心配するのです。50年以上も被害が無いと、それが当たり前になってしまうということです。この地で50歳以下の人は、そういう経験もありませんし、床上浸水も考えられないと思います。

生活防災環境は、特に変わったこともありません。50年以上に渡って浸水がなかったということは、たまたまとしか思われません。

最近の台風では、アメリカが2005年(平成17年)大型台風ハリケーン・カトリーナに襲われ1500人以上の死者・行方不明者を出しています。

伊勢湾台風ような大型台風がいつ来ないとも限りません。日本の海岸線は白砂青松でしたが、いつの間にか護岸工事がなされ、埋立地が多くなりました。今その良し悪しは措いて、海抜ゼロメートルに近い埋立地が気掛かりになります。日本の経済を支える工場が埋立地に多いからです。

こういう光景は誰も目にしますし、東日本大地震があったから特別言うわけでもありません。自然は畏敬の対象です。いつ何があるか分かりません。人が亡くなるのはなんとしても避けなくてはなりません。特に子供は切なくてやり切れません。

高潮に対して対策が、じゅうぶん取られているということならば、私の杞憂です。以前から気掛かりであったことをこの機会に書かせていただきました。

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2011年4月13日 (水)

東日本大地震 9

東日本大地震は千年に1回の天災で、予想外のことであったと言われます。こういう想定外であったという言い方はあまり好みません。

岩手県田老町は景観を犠牲にして、高さ10mもの防潮堤を造り、防災意識も大変高かったということでした。しかしそのようなこともはるかに越える大津波でした。それだけの備えをしたにも拘らず、被災された方々には深い同情を禁じえません。

自然というのはそういうものだと思います。自然ははるかに人知を越えた対象です。人間が自然を支配できる、と思い上がってはいけません。自然には畏敬の念を持って接すべきです。癒してくれるのも自然です。

自然災害は地震、津波、台風、雷、竜巻、豪雨、豪雪、火山噴火、地滑りなどあり、毎年どこかで起こっています。これらに対して防災を施してしてゆくのは当然のことで、田老町はほんとに頭の下がるような対策を施していました。

自然は人知を越えるものであり、自然災害に対しては、適度な防災を施した上で 「逃げる」 という意識を強調した方がよいように思います。自然にはとてもかないません。どの災害に対してもただ「逃げる」のみです。どの災害に対しても、この「逃げる方法」をしっかりと考えておくのがよいと思います。

いまさら当たり前のことですが、とくに津波は、身一つでとにかく早く逃げることです。その教えは「稲むらの火」(安政元年の津波に際して紀伊国広村で起きた故事をもとにした物語)の物語にも残っているし、三陸地方の「てんでんこ」(親も子供も捨てて真っ先に逃げよとする三陸地方の言い伝え)という言葉にも残っています。

喜びも悲しみも自然の中で生かされている自分を思います。自然は災害もあるが、汚染など浄化され調和もされます。自然は人をはるかに超えた存在で、畏敬の念を持って接して行きたいと思います。

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2011年4月12日 (火)

さくら 3

今日はちょっとさびしい桜の話です。

豊川市金沢町に 金沢のヤマザクラ と呼ばれていた見事な古木がありました。それが枯れたということを先日聞いたので、平成18年4月9日に見に行って以来、はじめて行ってみました。

悲しいことに形はなくなり、切り株だけが残っていました。樹齢300年以上ということですから戦国の世から、現代までを見続けてきた木を、この今の時代に失ったということは残念でなりません。近くにいた農作業をしていた人に聞いてみると、三年前に枯れたそうです。

守る会の人たちが手を尽くしましたが、だめだったそうです。若芽も枯れてしまったようです。300年以上も生きてきたのに、何故今なのでしょうか。

窒素酸化物や二酸化炭素の影響でしょうか。松枯れや花粉症など昔はなかったようなこともあります。

長い世を経てきた古木を見ると感動します。木から命をもらいます。まことに残念なことです。

Dsc00465 切り株(平成23年4月12日)

49_2 金沢のヤマザクラ(平成18年4月9日)

49_3 金沢のヤマザクラ(平成18年4月9日)

Kanazawa 金沢のヤマザクラ説明版(平成18年4月9日)

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2011年4月11日 (月)

さくら 2

今桜は満開です。道を走っていると、そこかしこで満開の桜を楽しめます。この機会を逃すまいと、桜を見に行ってきました。

寿永(じゅえい)の桜

川根町笹間上久野 久園寺境内 にあります。この桜は樹齢700年のシダレサクラで、枝により別の色の桜が咲くことより、源平桜とも呼ばれているということです。

やや時期が遅く、淡い緑の葉が出ていました。樹勢の衰えが目立ち、あまり手も入れられていないようで残念です。見たところ特に枝による色の違いは分かりませんでした。

Dsc00442 境内からの 寿永の桜 4月11日

Dsc00434 入口からの 寿永の桜 4月11日

牛代(うしんしろ)の みづめ桜

川根町家山の交差点から、県道63号線を森町方向に10分ほど行ったところの道沿いにあります。茶畑の中にある見事な桜です。樹齢300年のエドヒガンザクラで、ちょうど満開、樹勢もあります。緑の茶畑の中によく映えています。

Dsc00456 茶畑の中の みづめ桜 4月11日

Dsc00444 みづめ桜 4月11日

家山の桜トンネル 

みづめ桜近くの、家山の桜トンネルに寄りました。近くにはSLが走っています。花びらがはらはらと散っていました。

Dsc00461 家山の桜トンネル 4月11日

姫街道桜

国道362号線本坂トンネルを三ヶ日側に出、旧本坂峠道を入ったところに、姫街道桜があります。今年からでしょうか標示板が立てられ、分かりやすくなっています。花びらは白く小さくエドヒガンザクラと思われます。Dsc00420 三ヶ日町本坂の 姫街道桜  4月10日

吉祥桜

新城市吉祥山中腹にあります。樹齢300年のエドヒガンザクラです。満開でしたが、曇っており、花が太陽の方向だったので、写真の写りがよくありません。

Dsc00417 新城市吉祥山の吉祥桜 4月10日

平山農道の桜

三ヶ日町平山の農道には桜が多く植えられています。ちょうど満開でした。

Dsc00426 三ヶ日町平山農道の桜 4月10日

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2011年4月10日 (日)

東日本大地震 8

東日本大地震は今日で一ヶ月経ちました。その後、感動ある話は続いていました。しかし私一人の情報力なので、もっと素晴らしい感動ある話や、もっと多くある感動場面は見逃してしまっていることも多いと思います。

この東日本大地震は天災の地震・津波に加えて、人災の原発事故が加わってしまいました。私は原発は賛成しないながらも、自分も電気の恩恵にあずかっているのだから、仕方ないなあ と思っていました。今度このような原発事故となり、容認してきた自分にも責任があると思っています。

原発事故には国内外を動員し、考えられるあらゆる方法を使って、懸命に事故処理が行われています。失敗もあるかもしれないが、全面的に応援をしています。直接携わっている人たちに敬意を表し、無事を祈りながら、ひたすら感謝をしています。事故処理には必死な真剣さが伝わってきております。

ただ避難していただいている方には、その一端でも担えたらと思いますが、たわ言になってしまいます。東北の人たちは宮沢賢治の詩のようにほんとに素晴らしい人たちです。

今日の新聞によると、この大震災で、米軍は1万8千人、艦船20隻、航空機140機、放射線対策海兵隊150人、無人偵察機などの援助がありました。

また42カ国からはいろいろな援助物資が寄せられており、毛布はバングラディシュ、ネパール、そしてユニセフからも送られ、18万枚になったということです。

これらのご恩は決して忘れてはなりません。日本人の秩序ある行動、自己犠牲の心 は世界の賞賛を浴びています。私もこれらの事を聞き大変うれしく思いますが、これらのことは東北の人たちは特に強いように思います。

日本は平和憲法があり、世界から評価されています。いまここで日本人の秩序ある行動、自己犠牲の心 が世界から評価されています。日本は本当によい国です。

一ヶ月経ちましたが、関心が薄れて行くようであってならないと思います。直後のあの焦りに似た気持ちを持ち続けたいと思います。自分が試されているようにも思います。

放射線や二酸化炭素に汚染された地球を子供たちに引き継いではなりません。万全を期して、放射能対策はしてもらいたいと思います。

新学期が始まり、ランドセルを背負った可愛い一年生が満開の桜の下を歩いてゆきます。この地球はいまの地球よりもきれいにして、子供たちに引き渡したいものです。

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2011年4月 9日 (土)

twitter 峰の松風

本日より twitter 峰の松風 を始めました。ホームページ、ブログ同様よろしくお願い申し上げます。

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さくら

今年も桜が見事に咲いてくれました。桜に心が和みます。近郊の桜を楽しみました。

今年はいつもの年より一週間ほど遅いようでしたが、確実に咲いてくれました。桜の木は若木も老木も個性があります。色合が、花の大きさが、咲く数が、咲く時が。

それぞれ美しい限りです。

1144_1 引佐町奥山の桜(八分咲き) 4月4日

144 愛知県民の森(6部咲き) 4月4日

Dsc00384 豊川佐奈川堤の桜(5部咲き) 4月5日

1147_2  三ケ日町本坂の逸勢桜(満開) 4月7日

Dsc00409 豊橋向山公園の桜(満開) 4月8日

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