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2011年7月 1日 (金)

報復テロの絶滅へ 3

6月29日新聞にこんな記事がありました。

「アフガニスタンの首都カブールで28日夜、武装グループが高級ホテルを襲撃した。アフガン民間人10人が死亡した。反政府武装勢力タリバンが犯行を認めた。武装グループの6人は治安部隊に全員殺害された。」(要約)

ビンラディンが殺害され、その報復テロが懸念されています。ビンラディンが殺害されたのは5月2日でしたので、丁度2ヶ月経ちましたが、報復テロはやはり続いています。

アフガニスタン各地では治安施設を標的にしたテロが続発していましたが、首都カブールはこれまで比較的平穏な状態が続いていました。

アメリカは来年夏までに2万3千人の駐留米軍の撤退、また米政府とタリバン側が水面下で接触などあるようですが、報復や怨念は簡単にはなくなりません。

「ブッダが教える発想の転換」の3回目(全5回)がブログに掲載されましたので、転載させていただきます。

ブッダの教える発想の転換
   菅沼 晃(東洋大学名誉教授)
・・・・・・
<悪口は勝手に言わせておけばよい>
 「バラモンよ、君はこのように罵詈雑言(ばりぞうごん)をあびせかけて私を非難しているが、私は君の罵詈雑言を受けとらない。だから、バラモンよ、それは君にもどり、君のものだ」(『相応部経典』第七「バラモン相応」)
 ブッダが布教活動を始めたころ、ラージャグリハの竹林精舎で説法していたとき、アッコーサカというバラモンから、罵詈雑言を投げつけられて非難されたことがありました。このバラモンは周囲の人びとが次々に仏弟子になってゆくことに腹を立て、ついに我慢できなくなって竹林精舎に出かけていって面罵したのです。
 「言葉の暴力」といわれるように、罵(ののし)り謗(そしる)ることは、本質的には殺人や傷害と変わるところがありません。怒り・憎しみ・恨みが外に向かって表されるとき、身体的には暴力や傷害などの行為となり、口で言う場合には罵り・謗りの言葉となり、心に思うときには怨念となっていつかは動きだし、相手を傷つけるからです。
 何かの言い合いがあって、相手に悪口雑言を浴びせられた日の夜。「あのとき、こう言ってやればよかった」と思って眠れなくなることがありますが、ブッダはアッコーサカ・バラモンの罵詈雑言を「そっくり君にお返しする」と言って、あっさりと退けました。
 「昔からいままで、人びとは黙って座っている人を非難し、多く語る人を非難し、少ししか語らない人を非難する。この世に非難されない人はいない」(『真理の言葉』二二七)と言われるように、ブッダは人間が社会生活のなかにいる限り悪口を言われる存在であることを認めたうえで、「言い返してはならない」といっているのです。
 私自身も職場の会議で、理不尽な理由によって非難され罵倒されたことがあります。そのようなとき、ブッダの言葉を思い出して「今の言葉は、そっくりあなたにお返します」と言ったことがあるのですが、どうも通用しなかったようでした。現実にはなかなか難しいこととは思いますが、「言い返して何になる」というブッダの言葉は常に心に止めておきたいと思います。」(雑誌「大法輪」2011年5月号p49より)

なお、1回目、2回目も再度掲載させていただきます。

「恨みを捨てれば敵は消滅する」~ブッダの教える発想の転換  1回目

「怒ればあなたは必ず負ける」~ブッダの教える発想の転換  2回目

このブログを書いた後、7月3日の新聞にまたこんな記事がありました。 「アフガニスタン南部ザブール州で2日、道路脇に仕掛けられていた爆弾に民間人が乗ったワゴン車が接触し爆発、子供女性を含む13人が死亡した。また西部でも爆弾による攻撃があり、1人が死亡した。」(要約)

以前にもバスが道路脇に仕掛けられていた爆弾に接触し、多くの死者を出した と聞いています。報道に接しないことも多いので、この種のテロは頻繁に起こっていると思われます。

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