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2011年9月

2011年9月27日 (火)

本宮山

本宮山へ行ってきました。

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2011年9月23日 (金)

神石山

今日は台風一過の秋分の日、空もさわやかに澄み渡りました。田んぼの土手には彼岸花が咲いています。

ぶらりと近くの神石山を歩いて来ました。上り40分ほどの山です。登山道は台風で枝が散乱しており、倒木も3本ほどありました。人は少なく一人に会ったのみでした。

Dsc01384 いつもの松林です。ツクツクホウシが盛んにないていました

Dsc01386 頂上からの浜名湖と太平洋

Dsc01387 三角点と頂上標識

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2011年9月20日 (火)

東日本大震災 18    

東日本大震災のブログは回を重ねること17回、報復テロ絶滅のブログは6回になりました。東日本大震災は半年経ち、アルカイダのビンラディンが殺害されてから4ヶ月経ちました。

この間にも目まぐるしいほど、世の中は新しい出来事が起こっています。これらの出来事に抹殺されて、大きな出来事が世の中から忘れられて行くことを心配しています。

東日本大震災は千年に一度の大災害、今も多くの人がボランティアに出掛けています。被災地に思いを寄せている人が多くいることを心強く思います。9月20日の中日新聞夕刊の短歌投稿欄にも東日本大震災に寄せるこんな歌が載っていました。

  “ たぷたぷと湯船溢るる掛け流しみちのく避難所へ届けたい ”

  “ 新聞にテレビに伝ふる被災地のうた詠めぬこと罪のごと思ふ ”

なんと素晴らしい人たちでしょう。

今の私は「東日本大震災」と「報復テロ絶滅」の2つのことが風化しないように、気をつけています。1ケ月に一度はブログで気持ちが薄れないよう戒めています。回も重なりましたので、カテゴリーに「東日本大震災」と「報復テロ絶滅へ」を設け纏めました。今後もよろしくお願いします。

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新東名高速の開通時期と正式道路名称決定

中日本高速道路は8月26日、建設中の高速道路について次のように発表した。

これまで「第2東名高速道路」と呼ばれてきたが、正式道路名称を「新東名高速道路」とする。

御殿場JCT~三ヶ日JCT間(延長 約162km)の開通は2012年夏を目標とする。 

開通する区間のJCT・ICについては、5個所のJCT、10個所のICが設けられ、御殿場JCT、清水JCT、三ヶ日JCTの3個所で東名と接続される。

同区間に設置されるSAは、駿河湾沼津SA、静岡SA、浜松SAの3個所。PAは、4個所が設置される。

引佐JCTは名称を「浜松いなさJCT」とする。

  

 新東名高速道路 御殿場JCT~三ヶ日JCT間(連絡路を含む)のICとJCT

IC、JCT施設名称 所在地(すべて静岡県内)
御殿場JCT 御殿場市駒門
長泉沼津IC 駿東郡長泉町元長窪
新富士IC 富士市厚原
新清水IC 静岡市清水区宍原
新清水JCT 静岡市清水区吉原
清水いはらIC 静岡市清水区杉山
清水JCT 静岡市清水区草ヶ谷
新静岡IC 静岡市葵区下
藤枝岡部IC 藤枝市岡部町入野
島田金谷IC 島田市横岡新田
森掛川IC 周智郡森町睦実
浜松浜北IC 浜松市浜北区中瀬
浜松いなさJCT 浜松市北区引佐町東黒田
浜松いなさIC 浜松市北区引佐町東黒田
三ヶ日JCT 浜松市北区三ヶ日町福長

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2011年9月16日 (金)

報復テロの絶滅へ 6

拝借している「ブッダが教える発想の転換」の5回目(全5回)が発表されました。これが最終回となります。5回目も報復に関する内容ではありませんが、4回まで転載させてきていただきましたので、最後の5回まで拝借させていただきます。

「ブッダの教える発想の転換」
   菅沼 晃(東洋大学名誉教授)
・・・・・・
<肉を増やさす智慧を増やせ>
 「この学ぶことの少ない人は、牡牛のように老いてゆく。彼の肉は増えるが、智慧は増えない」(『真理の言葉』一五二)
 この余りにも痛烈なブッダの言葉を聞くと、思わず「自分はこれまで人生について本当に学んできただろうか。牡牛のように老いてゆくのだろうか」と、考え込んでしまいます。
 その「牡牛のように」ということの理由が、「彼の肉は増えるが、智慧は増えない」ということなのですから。「学ぶことがなければ、お前は牡牛のように老いて行く。お前の肉は増えるが、智慧は増えないのだ」と、ブッダはこの私を厳しく戒めているのです。
 私たちは歳を重ねると、何事もわかったつもりになり、ともすると謙虚に学ぼうとする意欲を忘れがちになります。しかし、初心に帰ってブッダが遺した言葉を読み返すと、その教えの一つ一つが、私たちの日常的な発想の転換をうながすものであることに気づきます。どれでもよいから、ブッダの言葉をじっくりかみしめること。それが発想の転換につながることは間違いないと思います。」(雑誌「大法輪」2011年5月号p49~52より)

第1回「恨みを捨てれば敵は消滅する」、第2回「怒ればあなたは必ず負ける」、第3回「悪口は勝手に言わせておけばよい」、第4回」「死を『前に見よ』」、第5回「肉を増やさす智慧を増やせ」と5回に亘って転載させていただきました。ありがとうございました。

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2011年9月14日 (水)

釣り

今日は18:00から19:10くらいまで釣りました。大物は釣れませんが、以前小さかった魚が成長して来ました。ヘダイ4、セイゴ3、コショウダイ1

Dsc01383

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2011年9月13日 (火)

釣り

9月も中旬、昨日は中秋の名月でした。15:00頃から1時間ほど岩に腰を掛けてのんびり釣りを楽しんできました。ヘダイが4匹、コショウダイが2匹でした。

Dsc01381

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2011年9月12日 (月)

梅田川架橋工事

家電リサイクル品を神野新田の業者に運んだ折、梅田川橋梁工事の進展具合を見てきました。始めの3枚は9月12日の橋です。

Dsc01378

Dsc01379

Dsc01380

次の1枚は6月12日の橋梁です。ちょうど3ケ月経ったことになります。見掛けに大きな変化はありません。そのときの工事内容によってこんなものでしょう。やはり大きな機械を使っての工事に迫力を感じます。

Dsc00736

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2011年9月11日 (日)

東日本大震災 17

東日本大震災から半年が経ちました。被災地に寄り添っていたいという気持ちが薄れることを戒めています。

死者・不明者は直後には28,000人となってしまいましたが、その後日ごとに判明し、今日の新聞では19,867人となりました。まだまだ少なくなっていくことを祈るのみです。

9月9日の新聞ヤング投書欄にはボランティアに参加した人たちの記事でした。ボランティアに参加してない私に比べれば実に立派な素晴らしい人たちです。頭が下がります。

高校生や大学生ですから活動は2・3日に限られます。ボランティアで現地まで行くというのはなかなかできないことです。

親切というのは「小さな親切」が「大きな感動」を呼ぶと常々思っています。これならできそうです。大金でなくても長期間の奉仕でなくともちょっとした気遣いで喜んでもらえることが、その気になればあります。

今度はまた台風12号による土砂災害が紀伊半島で発生しました。三重県紀宝町では輪中堤として高さ9mの堤防が築いてあったにもかかわらず、それを乗り越える豪雨ということでした。

4月13日のブログに書いたように、自然というのは人間が越えられない畏敬の対象です。災害もあれば癒しもあるということです。もちろん防災を施すことはすればするほど良いことです。

危険に対しては逃げるしかありません。あらゆる災害を想定してどう逃げるか考えておくことが必要です。地震の対してはどう逃げるか、大雨のとき危険なところはないか、雷のときはどうして居たらよいか、台風にはどう対処するか。

その時は慌てふためいて何をしたら良いか分らなくなります。自然の中で生かされている人間であれば、自然に添った行動ということになります。自然災害はまず逃げることです。

東日本大震災から半年が経ちましたが、被災地に寄り添っていたいという人はほんとに多く居ます。私もその1人でありたいと思っていますが、何も行動ができていません。

東日本大震災には世界の貧しい国からも救援の手が、国内においてはみんなが被災地のことを思いやり、我がままを言うような人はおりませんでした。被災地の人も他人を思いやりじっと我慢をしています。これは今も続いています。

世界が一つとなり、お互いのことを思いやる、こういう方向に世界が向かってほしいと思います。科学の進展によって小さくなった地球、、地球人はみな平等で平和でそこそこに豊かさを思います。理想といわずに追及して行くことを思います。

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2011年9月 9日 (金)

釣り

今日は昼に釣りに行ってきました。夜と然程変わりません。ヘダイが主であとは小物です。

Dsc01376

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2011年9月 6日 (火)

釣り

久しぶりに釣りに行きました。台風一過で風が強く30分ほどで止めました。ワガ、チンタ、セイゴ、ヘダイ、タカノハダイと豊富でしたが、まともなのはワガだけでした。

Dsc01374

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2011年9月 3日 (土)

聖岳・赤石岳・兎岳のHP

聖岳・赤石岳・兎岳などのホームページ作りました。

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2011年9月 2日 (金)

報復テロの絶滅へ 5

ビンラディンが殺害されたのは5月2日でしたので、4ヶ月が経とうとしています。心配したとおり、報復テロは続いています。報復に報復をもってするのであれば、いつまでも悲惨な状態が続きます。

歴史の大きな出来事が忘れ去られてゆくことを心配しています。1ケ月ごとに報復テロのことに触れるようにしています。

ビンラディンが殺されたときのアメリカのあの喜びようは何だったんでしょう。報復を大喜びしていたのでしょうが、これでは報復は続きます。

歴史の大きな出来事が忘れ去られてゆけば、またその誤りを繰り返します。太平洋戦争、原爆、東日本大震災など決して風化させてはなりません。

歴史を学び、それを良い方向に向けて行きたいものです。世界の人たちがみな平等で、平和で、そんな贅沢でなくそこそこの生活をして行けることを思っています。

テロは今もどこかで起こっています。8月27日の新聞にこんな記事がありました。「西アフリカ・ナイジェリアの首都アブジャにある国連事務所が入ったビルで26日爆発があり、16人が死亡し、多数の負傷者が出た。同国の治安当局関係者はイスラム過激派“ボコ・ハラム(西洋の教育は罪)”による自爆テロとみている。同国は北部にイスラム教徒、南部にキリスト教徒が多く衝突が絶えない」(要約)

これはアフガンのタリバンとは違います。自爆テロは世界あらゆるところで起こっています。相変らずアフガンでも起こっています。報復・宗教対立・怨念など理由は複雑です。とにかく自爆テロなど無くなくなることを祈るのみです。

この時期に掲載され、拝借している「ブッダが教える発想の転換」の5回目(全5回)がまだ発表されていないようです。また掲載されたときには拝借したいと思います。

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2011年9月 1日 (木)

南アルプス聖岳・赤石岳

8月29日から9月1日まで南アルプス聖岳・赤石岳に行って来ました。ホームページには山のことをじっくりと書きますが、まずは主な出来事です。

第1日目(8月29日)家から聖平小屋まで

①危機一発命拾い

3:00に家を出、5:30頃井川の道でとんでもないことに遭った。崖から1m四方くらいの石が落ちてきた。2mくらい前で止まった。1秒早く進んでいたら、直撃され千尋の谷のような川に落ちていたことになる。考えられない。運が良かったのか、防ぎようも無い。

石は山側で止まったが、さて通れない。石に乗り上げるつもりで進んだが、車のほうが押し出されガードレールをこすった。傷がついたがそれほど悔しくも無い。

②聖平小屋は遠かった

聖平小屋は昨年も来た。その時は6時間ほどかかり、疲れもしなかった。今年そのつもりで来たが、8時間かかりへとへとだった。

第2日目(8月30日)聖平小屋から百間洞(ひゃっけんぼら)山の家まで

①聖岳は快晴

聖岳はこれ以上ないという天気に恵まれ、山が素晴らしい。

②聖岳を大下り

聖岳は2時間ほど下り、また登り返す。南アルプスは規模が大きい。

③百間洞山の家まで遠い

12時間も掛かった。これは自分だけ。17:00過ぎに着き、名物のとんかつが食べられなかった。

第3日目(8月31日)百間洞山の家から赤石小屋まで

①雨と霧と強風

天気は昨日とは打って変わって酷い天気となる。赤石岳に登る。これもきつい。

②遭難者出る

赤石小屋には8時間ほど歩き、13:30頃着いた。小屋は1人である。14:00頃女の人が飛び込んできた。男の相棒が遭難したらしい。すぐに小屋の人2人が救助に向かった。雨の中真っ暗になった19:30、遭難者を連れて戻ってきた。鎖骨を骨折し頭部を裂傷したらしい。しかし歩けたようだ。夜中まで無線交信が続いていた。

第4日目(9月1日)赤石小屋から家まで    

朝から酷い土砂降り。小屋を5:30に出た。途中救助隊の人6人と出会った。4時間ほどで下りた。しかしこれも長い下りだった。リムジンバスで駐車場まで行き、家に着いたのは15:30頃だった。

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