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2011年12月

2011年12月27日 (火)

タイヤ交換

タイヤをスタッドレスタイヤに変えました。昨日ここ豊橋では明け方雪が降り、うっすらと道が白くなりました。

急に降ったときに困らぬよう前から変えようと思っていましたが、なかなか面倒で換えられません。天気もよく風もないので今日換えました。

どうと言うこともありませんが、ただレンチです。スタッドレスタイヤが純正でないので車に備えられたレンチではナットの頭がつぶれてしまうのです。

ここは十字レンチでないといけません。十字レンチであればナットから外れてしまうことは全くなく、また手でじゅうぶん締まります。

パンクしたときに困るので、十字レンチをいつも車に置いておく必要があります。業者さんに換えてもらっているならば、気をつけてください。

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2011年12月23日 (金)

座談山

冬至は昨日でしたが、今日は晴れて冷え込んでいます。こういう日に山を歩くと身が引き締まります。葦毛湿原から近くの座談山に行ってきました。登り50分です。今日は天気が良かったので、富士山が見えるかと期待しましたが、その方向は雲があり見えませんでした。

Dsc01883 座談山頂上からの眺め 舘山寺方向です

Dsc01888 浜松のアクトシティーはどこからでも見えます

葦毛湿原には車がたくさんありましたが、歩いている人に会ったのは5人でした。風も強くはなく、耳当・手袋はしていますが、頬は冷気が心地よく感じます。

冬至は1年で1番日の短い日ですが、日の出の最も遅いのは12/30~1/1、日の入の最も早いのは12/8~12/9ということです。因みに12/22、名古屋における日の出は6:57、日の入りは16:45です。日中の長さは何時間になるのでしょうか。

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2011年12月22日 (木)

三遠南信自動車道 3月4日開通

22日の新聞によると、国土交通省中部地方整備局は21日、三遠南信自動車道 を 3月4日に開通すると発表しました。

新しいICの開設、その他のIC名も変わっているところがありました。これまでの記事で使ってきたICは次のようになりました。

鳳来IC→鳳来峡IC   渋川寺野IC(新設)     引佐北IC→浜松いなさ北IC

地元の要望があり、渋川寺野ICが新設されることになりました。位置は三遠トンネルを出たところです。渋川寺野ICはJCT方のみ出入できる半ICです。

この小さなのどかな村を自動車専用道路が通るわけですから、村の人たちが便利になるようにICは必要なことです。

Sanenhouraiinasateisei

三遠南信自動車道は2003年から事業が始まりました。鳳来峡IC~浜松いなさIC間は13.4km、片側1車線の自動車専用道路で無料となります。制限速度は60km/hです。別所トンネルからは70km/hとなります。浜松いなさ北ICも半ICです。

尚、東名・新東名連絡路にある「引佐IC」も「浜松いなさIC」という呼び名となりました。

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2011年12月19日 (月)

海外2011年の10大ニュース

今日の新聞に海外2011年の10大ニュースの記事がありました。

米のAP通信の発表では、第1位はウサマ・ビンラディンの殺害、第2位は東日本大震災・原発事故、3位は北アフリカ・中東地域の民主化運動「アラブの春」でした。

また新華社電で、中国やインドなど新興国のメディア18社の共同発表では、1位は東日本大震災・原発事故、2位は北アフリカ・中東地域の民主化運動「アラブの春」、3位はウサマ・ビンラディンの殺害でした。

この中で2つのことは書き続けてきました。年が変わっても東日本大震災・原発事故は被災地に寄り添っていたいという気持ちが薄れないよう戒めてゆきたい思います。またウサマ・ビンラディンの殺害に関しても、報復がなくなることを願うのみです。

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2011年12月15日 (木)

報復テロの絶滅へ 11

このところ米国とパキスタンの関係が悪くなっており、そのことを報道する新聞記事がたて続けに載っていました。

12月9日中日新聞の社説には「米・パキスタン 対テロ協調を忍耐強く」という見出しで、要点は“両国関係悪化はテロ組織を利するのではないかと懸念される”という内容でした。

12月11日には「米国とパキスタン関係改善兆しなし」という見出しで、“誤爆事件から2週間経ったが米国、パキスタン両国の関係改善の兆しはみえていない”ということです。

12月12日の新聞には「米軍がパキスタン撤退 検問所誤爆で対テロ戦略変更へ」という見出しで“米国はパキスタン政府の要求に基づき、同国シャムシ空港から撤退を完了した。これで米国はパキスタン国内の拠点をすべて失った”ということです。

ここで、ここまでに至る経過を簡単に振り返ってみます。

2001年9月11日アメリカへの同時多発テロ

2001年10月NATOは協調して攻撃を行い、アフガニスタンのタリバン政府を崩壊させた

2011年5月2日ウサマ・ビンラディン殺害

2011年5月~報復、自爆テロ、殺害など続く

パキスタンでウサマ・ビンラディンが殺害されたとき、アフガニスタンに潜伏していると思われていたので、パキスタンがビンラディンをかくまっていたのではないかと米国が懸念

2011年9月に在アフガニスタン米大使館攻撃事件

関与が疑われているパキスタン北西部の部族地域を拠点とするタリバンの一派、ハッカニグループに、同国政府が関係していると米は非難

パキスタン側も米国に反発し、相互不信は深まる一方

2011年10月アフガニスタンの首都カブールで、駐留する国際治安支援部隊(ISAF)に対する自爆攻撃があり、同隊員13人と市民ら4人が死亡した。反政府武装勢力タリバンが犯行を認めた。

2011年11月アフガニスタンに駐留する国際治安支援部隊(ISAF)が、パキスタン西北部にある検問所を誤爆

2011年11月パキスタンのギニラ首相が“米国と通常通りの関係は維持できない”と米国を強く非難。パキスタン政府は来月のアフガン復興会議欠席も表明し、両国関係は悪化している。誤爆による死者数はパキスタン兵士24人

2011年12月パキスタンはアフガン復興会議欠席

つまりここ数日の新聞記事はこういう状態を言っているのです。

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2011年12月11日 (日)

東日本大震災 27

今日は東日本大震災9ケ月です。被災地に寄り添っていたいという気持ちが薄れることを戒めています。

被災地に寄り添っていたいという人はほんとに多く居ます。新聞にそのような記事を見ない日はないと言ってもよいくらいです。私もその1人でありたいと思っていますが、何も行動ができていません。

死者・行方不明者の数も直後は28000人、6月は23000人、9月は19867人、12月の今日の新聞では19334人となっています。

大災害ゆえ、あまりにもたくさんの人数となってしまいました。人1人の命はかけがえのないものであるし、なんと悲しいことでしょう。1人でも少なくなってほしいと思います。

被災地は初めての冬を迎えます。それも気に掛かります。私でもストーブくらいは送れます。情報をいただきたいと思います。

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2011年12月 8日 (木)

モデム故障

11月27日 この日から急にインターネットが繋がらなくなりました。いろいろ調べましたが、直りません。

11月28日 ブロバイダーに聞いてみました。調べた結果モデムが故障しているということでした。新しいのを送るということです。

11月30日 新しいモデムが送られてきました。インターネットは繋がりました。しかし調子が良くありません。遅いのです。ときには繋がらなくなります。

12月6日 インターネットは相変わらず調子が悪く、いろいろやってみましたが直りません。もう1度ブロバイダーに聞いてみました。再工事をするので2週間待ってほしいということでした。

12月8日 いろいろ試してみていますが変わりません。特に写真は送れません。そんなふうで気長に再工事の結果を待っています。このブログは文字だけなので送れると思います。

追記

12月11日 ルーターを通さずに直接モデムに繋いでみました。元に戻りました。以前どおりに早くなりました。ブロバイダーにもモデムにルーターを通してあることは伝えてありましたがそのことについては何も話はありませんでした。

しかしこれでは1台だけで他のパソコンが使えません。さっそくルーターを買いに行きました。交換してみるとどのパソコンも元どうり早く作動しました。これで解決です。

 

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2011年12月 2日 (金)

報復テロの絶滅へ 10

ウサマ・ビンラディンが殺害され今日で7ケ月経ちました。忘れてはいけないことと思って月ごとに触れるようにしています。

新聞記事の話になりますが、11月30日の新聞にこんな記事がありました。「パキスタン誤爆 ギニラ首相が米非難 アフガン復興会議欠席へ」という見出しで

「アフガニスタンに駐留する国際治安支援部隊(米軍が主導)が、半月前ほど前、パキスタン西北部にある検問所を誤爆した事件でパキスタンのギニラ首相が“米国と通常通りの関係は維持できない”と米国を強く非難。パキスタン政府は来月のアフガン復興会議欠席も表明し、両国関係は悪化している。誤爆による死者数はパキスタン兵士24人と明らかにした」(要約)

「パキスタン政府は制裁措置として同国経由によるNATO軍向け補給物資の輸送路を閉鎖。5・6千台の運搬車両が足止めされている。」ということです。

9月30日の新聞に「在アフガニスタン米大使館攻撃事件への関与が疑われている反政府武装勢力タリバンの一派、ハッカニグループをめぐり、米国とパキスタンの関係が急速に悪化している。米国側は、パキスタン北西部の部族地域を拠点とする同グループに、同国政府が関係していると非難。パキスタン側も米国に反発し、相互不信は深まる一方だ。」、「アルカイダのウサマ・ビンラディンの殺害で冷え込んだ両国の関係は、米大使館攻撃へのハッカニグループの関与が浮上して以降、さらにこじれている。」

とありましたが、こんどの検問所を誤爆した事件はこのことに関係していることと思われます。パキスタン北西部の部族地域を拠点とするタリバンの一派、ハッカニグループへ報復したものと思います。ところがそれが誤爆となってしまったのです。

報復に報復をすることが続いているようです。アフガン復興会議は必要です。パキスタン政府も是非そこに出席して話し合ってもらいたいと思います。しかしどうであれ報復はいけません。恨みとか面子とかは乗り越えなくてはなりません。

「諸々の恨みは、恨みによってはいつまでも鎮(しず)まらず、恨みを離れることによって鎮まる。これは永遠の真理である」 これはブッダの教えです。

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