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2013年2月

2013年2月26日 (火)

豊橋自然歩道 3

豊橋自然歩道1豊橋自然歩道2の続きです。2で座談山、船形山の鞍部から普門寺へ抜ける道があるように思えたので今日行って見ました。

葦毛湿原から登りました。この駐車場はいつ来ても車がいっぱいです。山に入ると、車ほどに人には出会いません。それぞれ行きたいところに分散しているようです。

Dsc04261 葦毛湿原駐車場の車

座談山からは霞んでいて富士山は見えませんでした。昨日はよく見えたということです。遠州灘は二川市街の向こうに見えます。

Dsc04263

座談山からの太平洋

結果はそのような道はありませんでした。鞍部からの道はすぐに尾根道に戻ってしまいました。そこで鞍部から、この前歩いた大脇登山口方向の道を行き、雲谷山へ出る道を歩き、一周することにしました。

Dsc04187 座談山、船形山の鞍部

葦毛湿原登山口ー(50分)ー座談山ー(5分)-鞍部ー(25分)-分岐ー(15分)-尾根分岐ー(10分)-一息峠ー(15分)-林道出合ー(35分)-葦毛湿原登山口

Toyohasisizennoowakitearai

鞍部から大脇登山口の分岐に出る道は、南側の道なので日も当たります。人も少なく、鳥のさえずりを聞きながらのんびり歩けます。道もきれいに直してくれてありました。この前作業されていた方はもう居ませんでした。

Dsc04265 整備されている大脇登山道

分岐から座談山の尾根に出、来た道を戻って行きました。一息峠に手洗方向という道標がありました。この道は歩いたことがないので、この道を下りることにしました。

Dsc04268 一息峠の道標

下のほうでは車道を歩くことは分っていましたが、そんなに長くありません。手洗方向の道は踏み跡が薄くテープもありません。やがて道もなくなり、植林をされているところに出ました。

若木を守るため、ネットがしてあります。もう道は完全になくなっています。この植林をされた中を下りて行きました。

Dsc04270 ネットが張られ植林された山の斜面

砂利道の林道を行くとやがて舗装となり、いつも神石山に登るとき通る見覚えのある道に出ました。車道を35分歩き、葦毛湿原登山口まで戻りました。

やはり違ったところを歩くと、発見や冒険もあり新鮮な気持ちで歩けます。2時間35分の山歩きでした。

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2013年2月25日 (月)

竜ケ石山・三合山

引佐町の里山を歩いてきました。

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2013年2月23日 (土)

比丘尼城址

寒風の中、里山を1時間ほど歩いてきました。新城市中宇利の比丘尼(びくに)城址で、桜の園として整備が続けられている山です。まだ若木が多いですが、連なる山の面々に多品種の多くの桜が植えられています。

早咲きの桜が少しは見られるかと思って行きましたが、四季桜がちらほらと咲いている程度で、咲いてはいませんでした。梅もこれからという時期に期待する方が無理です。景色を楽しんできました。

Dsc04222 吉祥山(左)と本宮山

Dsc04224 比丘尼城址

Dsc04223 途中のところで見える金山の反射板

今日もオーナーの方が整備をしておられ、雨以外の日は毎日来ているということでした。25年になるそうです。

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2013年2月22日 (金)

蔵王山

田原市の蔵王山を歩いてきました。登山口はいつもの権現の森です。駐車場、トイレ、遊具などあり、市民憩いの場となっています。

Zaousantahara2

Dsc04215 登山口の権現の森

正面の石の階段を登って行き、熊野権現を過ぎると分岐があります。今日は分岐を観音像のあるほうに行ってみました。

Dsc04216 慰霊観音

この観音像は太平洋戦争の慰霊観音です。ここを登ってゆくと車道と出合いました。しばらく車道を歩き、階段の道に入って頂上に出ました。30分の楽々歩きです。

Dsc04220 頂上の建物

帰りは別の道を下りました。市民憩いの森ということで、3:00頃でしたが、まだ何人か登ってきて、山を楽しんでいるようでした。

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2013年2月17日 (日)

豊橋自然歩道 2

2月14日に歩いた豊橋自然歩道1 からの下りで、途中引き返したところから、さらにそのまま進むと神石山に行くということで、その道を歩いてみました。

Toyohasisizenhodou3 歩いたコース

大脇登山口も分ったので、ここから登ります。豊橋から行くとカーマホームセンターのある信号交差点を左に曲がり、とにかく直進してゆくと、豊川用水となるので橋を渡り、少し進むと登山口となります。車も2台ほど停められます。

Dsc04195 駐車場

Dsc04177 登山口標識

この前下りてきた道を登ってゆきます。30分ほど登るとこの前引き返したところに着きました。今日もこの前作業をしていた方がいました。20分ほど話をしました。昨日も作業し、今日でここの作業は終わるということです。

Dsc04185 道普請作業場

この登山道を、昨日は5・6人が通ったそうです。この普請場からは初めての道になります。そのまま進んでゆくと、10分もせずあっけなく、いつも来ている座談山と船形山の鞍部に着きました。

Dsc04187座談山と船形山の鞍部

ここからは座談山(土地の人はざだやまと呼んでいるようです)に10分ほどで着きます。はっきりしてはいませんでしたが富士山が見えました。

Dsc04190 座談山から左の方に霞んで見える富士山

雲谷山(うのやさん)を通り過ぎ、近くの分岐を見送って、少し進んだところにある分岐を下りてゆきます。

Dsc04193 尾根から大脇登山道分岐

雲谷山近くの分岐よりこちらの方がかなり歩きやすい道です。5分ほど歩くと登ったときにも通った分岐となります。

Dsc04194 登ったときにも通った分岐。登るときは右へ、帰りは上から降りて来ました

10分ほどで駐車場です。合計1時間20分ほどの山歩きでした。

この前歩いたときは車道を1時間ほど歩きました。そのときに大脇登山口も分り、それでよかったですが、梅田峠の駐車場に戻るには、鞍部から普門寺付近に出る道もあるようです。

そのほうがはるかに早く梅田峠の登山口に戻れるものと思います。またその道も歩いてみたいと思います。

豊橋自然歩道3 へ続きます。

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2013年2月16日 (土)

報復テロ絶滅へ 28 

「報復テロ絶滅へ」のブログも28回目となりました。このブログも忘れないようにと思い、その関連記事が新聞にあるときに書いています。

この「報復テロ絶滅へ」というのは、アメリカ同時多発テロが2001年9月11日に起こり、ウサマ・ビンラディンが2011年5月2日に殺害されました。その後も報復に報復が続いています。この互いの報復が何とか無くならないかという思いからです。

この事件が起きたときは頻繁に報道されていましたが、時が経つにつれてそのニュース性が薄れてきて、報道も少なくなりました。しかし報復が減っているわけではありません。

今日の中日新聞7面に「アフガン 米軍の軍事行動で子ども数百人死亡 国連委報告、過去5年間」という記事がありました。

「国連子どもの権利委員会は、アフガニスタンに駐留する米軍の軍事作戦により、過去5年間で数百人の子どもが死亡したと報告した。(中略)
国連の統計では2011年、北大西洋条約機構(NATO)やアフガン軍の空爆で110人の子どもが死亡、68人が負傷した。委員会は子どもを巻き添えにする軍事作戦を中止するよう警告した」(以下略)

どんな死であれ、子供の死というのは一番心が痛みます。報復で子供が死ぬというようなことは、あってはならぬことです。まだ増えるのでしょうか。もう何年続いているのでしょうか。子どもを巻き添えにするような軍事作戦は許されぬことです。

アメリカとタリバンの交渉は再開されているようにも聞きましたが、行われているのでしょうか。子どもが犠牲になっているようなことが起こっているなら、一刻も早く解決してほしいと思います。

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2013年2月14日 (木)

豊橋自然歩道 1

湖西市側から神石山、座談山、雲谷山を一周して来ました。

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2013年2月11日 (月)

尉ケ峰

今日も楽々山歩きをして来ました。尉ケ峰(じょうがみね)はいろいろな登山口がありますが、最も近いのは、細江と三ケ日を結ぶ林道にある登山口からです。登山口にある駐車場は広く、トイレもあります。

20分で頂上です。1人が居りました。細江公園の方から来たようです。浜名湖が広く見えます。頂上直下のところより富士山も見えましたが、かなり霞んでいました。

Dsc04155 尉ケ峰頂上

Dsc04153 浜名湖

Dsc04157 頂上直下からの富士山

今日は車で他のところも廻り、早春の花も楽しんで来ました。

Dsc04136 節分草(新城市石雲寺)

Dsc04143 蝋梅(新城市石雲寺)

Dsc04124 まんさく(三ケ日町まんさく群落)

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2013年2月10日 (日)

神石山

神石山は近くの里山で30回ほど登っています。登り時間は40分ほどなので午後3時からぶらりと歩いてきました。今年になってからは初めてです。

手洗から、いつもの松林を行く道を登ってゆきます。風があり、松風の音が聞こえますが、下は風はありません。木漏れ日の中を歩いて行きます。

Dsc04128 松林の道

上の方に行くと、無粋ですが送電線が風でうなっています。頂上に着きました。しばらく前に木が切られ、展望が大きく開けています。浜名湖がきれいに見えます。

Dsc04129 浜名湖

今日は一つ新しい発見をしました。頂上の木が切られてから富士山が見えるようになったのです。頂上から少し下がったところから富士山が見えるのです。そこまで木を切ったようです。

頂上はこのようでなくてはいけません。小生は主要な山の頂上は木を切ってもよいのではないかと、ブログやホームページで要望してきました。

市役所か営林署か個人か、どこが行ってくれたのか分りませんが、うれしいことです。またこの山に来る楽しみが増えました。しかし今日は富士山は大きく見えましたが、霞のせいか西日のためか、やっと分る程度でした。

Dsc04133 富士山

富士山が見えるとうれしい気持ちになります。

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2013年2月 9日 (土)

報復テロ絶滅へ 27 (パキスタン少女7)

今日の中日新聞夕刊3面に「マララさんが英病院を退院」の記事がありましたので紹介します。

「パキスタンでイスラム武装勢力に頭を撃たれて重傷を負い、英国の病院で2日に頭蓋骨の修復手術を受けたマララ・ユスフザイさん(15)が8日、退院した。

順調に回復しており、手術は今回が最後となる見通し。今後は滞在先のバーミンガムでリハビリを続け、通院治療を行うという。

病院は “計5時間以上に及ぶ手術だったが、順調に回復しており、私たちもとてもうれしい” と退院を祝した。」(以下略)

銃撃され英国で治療を始めてから、よいニュースが続き大変うれしく思います。左耳の聴力も弱ってしまったようですが、電子機器を使う技術で治療が施されているということです。

英国だけでなく世界が最高の治療を施し、マララさんには、是非元の元気な姿になってもらいたいと思います。

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2013年2月 4日 (月)

東日本大震災 45

東日本大震災から間もなく2年になろうとしています。当ブログも東日本大震災45回となりましたが、新聞記事の受け売りの内容がほとんどとなってしまいました。

東日本大震災に対し、世界のあらゆる国から受けた救援、特に極貧国からの援助には深い感動を覚えました。この恩は必ずお返ししなければならないと思いました。

また企業においても、営利を省みない一途な救援には、感銘を受け、ただ物資が早く着くよう、みんなに行き渡るよう祈り応援をしました。

そして日本の人たちは、心を一丸にして、被災地のことをまず優先し、たとえ電車が遅れようと物が足りなくなろうと、不満を言うような人はありませんでした。

多くの個人においては数え切れないほどの感動場面がありました。また、被災地の人たちの秩序ある行動、自己犠牲の心は世界に感動を与えました。

当ブログはこのような素晴らしい感動を持続したいという思いと、東日本大震災のことが薄らいでゆかないよう自分への戒めとして書いています。

今日のブログも新聞記事の受け売りです。中日新聞25面に「被災地へ遠のく足、ボランティアが集まらない」という見出しで記事がありました。要約すると

「愛知ボランティアセンターは震災直後の2011年4月からほぼ毎週、名古屋市と宮城県石巻市を往復するバスを出してきた。
 がれき撤去が一段落した後も、週末限定の食堂を開くなど、地域社会の再生や心のケアを重視した取り組みを続けている。
 目に見えて参加者が減ったのは、11年秋以降だ。それまでは100人を超す回も珍しくなかったが、日を追って減り続け、12年末はついに30人を切った。1回の活動費とバス代は最低でも合わせて42万円ほど。1人1万2千円の参加費でまかなうため、30人では赤字となる。
 全国社会福祉協議会によると、市町村の災害ボランティアセンターを通して岩手、宮城、福島3県に入ったボランティアは、11年が約91万1千人だったが、12年には約25万5千人に減少。昨年12月は始めて1ヶ月1万人を切った。」

ボランティアに行く人は実に立派です。尊敬をします。まだまだボランティアが必要ということです。こういう実態を知って参加する人が増えればと思います。

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2013年2月 3日 (日)

赤岩尾根 裏山散策

家から見える赤岩尾根の西の端を歩いて来ました。ここには豊橋市立高山学園横の赤岩自然歩道入口から入れます。

Dsc04116 家の窓から見た赤岩尾根西端の尾根

Dsc04092 赤岩自然歩道入口

5分も歩けば四辻となります。これを右に行けば遥か先で多米峠となります。直進した道は旧鎌倉街道となっています。

Dsc04096 登山道四辻

Dsc03837 旧鎌倉街道説明板

これを左に行きます。これも5分ほどでピークに着きます。このピークが家の窓から見えた山です。しかしここからは木が繁っていて家は見えません。このピークには以前はアンテナや8つほど石碑がありましたが、いつの間にかなくなりました。

このピークを左の方に行きます。この道も以前はしっかり踏み跡がありましたが、麓が開発され、登山道としてあまり使われなくなったためか、道はなくなりつつあります。

Dsc04097 ピーク地点

分りにくい道をとにかく進んで行くと、展望塔のついた貯水タンクのあるところに出ます。ここも開発中で、下の浄水場の建物のあるところから、道路の取り付け工事が行われています。ここからは豊橋市街もよく見えます。

Dsc04105展望塔のある貯水タンク

Dsc04101 道をつけるための工事

Dsc04099 豊橋市街

ここから登り口のある道路に3分で下りられます。道路を5分ほど歩くと登り口のところとなります。その途中のところで東三河環状線の牛川トンネル工事をしています。

現在はトンネルまでの道路ができ、トンネル工事は平成25年10月開始、完成は平成27年、供用開始は平成28年の予定です。長さは630m、暫定2車線、片側歩道付きとなります。

工事は多米側より牛川側へ進め、NATM工法[(New Austrian Tonneling Method) 吹付コンクリート・ロックボルトを使う方法]で行われるということです。

Dsc04110 トンネル掘削地点

Dsc04114 トンネルに繋がる道路

牛川トンネルの両側は既に何年か前に立派な道路ができていて使用されています。この東三河環状線は豊川ICに繋がります。豊川IC付近も既に出来上がっています。トンネルが通れるようになるのはまだまだ先のことです。

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