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2013年3月11日 (月)

東日本大震災  46

東日本大震災から2年です。3月11日は特別な日です。決して忘れることなどあってはならない日です。

今日のブログも新聞記事の受け売りとなります。これはもう1年も前の記事で、共感するところがあり、切り取って保存しておりました。

それは2012年3月17日の中日新聞17面人生のページの記事です。長いのでところどころの抜粋となります。

(略)「第2次大戦後の生活で私たちは豊かさを求めることになれ、それを達成できるのを当然のように思ってきた。(略)私たちは自分たちの力を過大評価していたのではないか。宮沢賢治が強く意識していた“慢”という言葉がたびたび思い起こされる。

日本の政治経済や科学技術や精神文化に“慢”がはびこっており、実はかくも頼りないものだったのだ。これは震災と原発災害の双方に言えるが、原発災害がそれをいやが上にも深刻なものとしている。震災は天災だが、原発災害は人災が大きい。(略)

“原始ムラ” があり結束して自分たちに都合の良い情報を流し、起こりうる住民の被害を軽んじてきた。事故が起こっても “安全” “健康に影響はない” を繰り返している。今なお多くの国民の生存を左右する重要な事柄が “原子力ムラ” の人たちに委ねられている。(略)

では、このような信頼喪失を克服してゆくにはどうすればよいのか。専門家が支えるシステムにこそ問題があった。政官財学報それぞれのシステムをしっかりと点検し、新たなシステムを構想・形成する努力を重ねていくことだろう。(略)

国民は自らの持ち場をよく省みるとともに、諸システムに対して声を上げ見守り続けることを忘れないようにしよう。」(略)  

                                     島薗 進(東大教授)

原発は絶対安全なものとして進められてきました。原発の説明書や小学校副読本にも絶対安全と書かれ、どうも胡散臭いと感じていました。そのように感じながらも、何もできなかった自分にも責任を感じています。果たして事故はおきました。

地震や津波は自然災害です。これは逃げるに如かずです。しかし原発災害は人災です。子孫代々まで影響を及ぼすこの災害は、絶対にあってはならないことです。

この原発災害を防ぐには、一般国民としては何をしたらよいか、それは上に書かれているように “政官財学報のシステムの点検、諸システムに対して声を上げ、見守り続けること” であろうと思います。

小生は無闇に反対するものではありません。核分裂、核融合の研究は大いに進めてほしいと思っています。問題は真実が見極められず、政官財学のもたれ合いの中で進められてゆくことです。太平洋戦争へと突入していった歴史と似たものを感じます。

東日本大震災から2年、このことが忘れられてゆくことを憂いています。東日本大震災は千年に1回の災害といいます。遠い将来を見据えて10年後、100年後もこの原発災害のことが語られていなければ本物とはいえません。

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