« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »

2014年12月

2014年12月28日 (日)

多米峠・中尾根(植林)

普段あまり歩かない道を歩いて来ました。

多米峠P-(20分)-多米峠ー(25分)-中尾根分岐-(25分)-大岩分岐ー(40分)ー多米トンネル東-(20分)-多米峠-(20分)-多米峠P

Tamenakaone

Dsc08137中尾根分岐の標識

展望はありません。合計時間 2時間30分 の地味な山歩きでした。 

今日も山に纏わる古い話をします。戦後、山は荒れ果て、役に立つ木として杉・檜の植林が盛んに行われました。小生も中学生のとき、学校から杉の苗を植えに行きました。 

苗木、鍬を持ち、地下足袋、脚絆、麦わら帽子、手袋などを付け、それぞれが百姓の格好をして山に集まりました。 

山に入ると穴を掘り、苗を植えて行くのですが、斜面であり雑木に邪魔されて植林は苦労でした。 

今、山を歩くと杉・檜林が圧倒的です。高い山の急峻な斜面にも杉が植えられています。登るだけでも大変な山なのに、よくぞ植えたと感じ入ります。苦労が偲ばれます。 

今では広葉樹の減少、杉花粉症、放置されている杉林など多くの問題を引き起こしています。当時は花や木や紅葉などを楽しむ余裕などありませんでした。 

山は建具・製品の材料、炭焼きなど生活の糧でした。廉価な輸入材木、石油燃料、プラスチック製品に生活様式が変わりました。

 

子供までこぞって植林したということも昔の話となりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月27日 (土)

吉祥山(メジロ捕り)

良い天気となりました。冬は天気が良いと山がよく見えます。近くの吉祥山を歩いて来ました。Bコースから登り、途中を一周しました。

Kitijousu

山がよく見えました。富士山もはっきりと見えます。吉祥山は382mと低いので、裾の方までは見えませんが、頂上にいた人の話では今日は特にくっきりと見えるということです。

Dsc08131吉祥山頂上

Dsc08126富士山

時刻は正午頃ですが、太陽が低いのできれいに見えるのでしょうか。南アルプスもはっきり見えます。

Kitijouakaisi南アルプス

頂上は風も無いので寒くありません。10人ほどの人に逢いました。

今日もひとつ古い話をします。この季節になるとメジロが山麓や里に下りて来ます。60年ほど前の話ですがメジロをよく捕まえに行きました。

何にするかというと、メジロの鳴き声を競い合うためです。その頃はまだ禁鳥にはなっていませんでした。子供の遊びで鳥かごに飼っていました。

その鳥かごを持って山に行きます。もち(粘着剤)を棒に巻いて、おとりの鳥かごに挿しておきます。寒い山の中にすくんで、メジロの来るのを待ちます。

メジロが来て棒に止まると、くっついて何故か逆さまになります。茂みから抜け出て、メジロを捕りに行くというわけです。

雄のメジロの鳴き声は良いのですが、雌は良くないので放してやります。鳴き声の良い雄のメジロを捕まえるため、何度か行くのです。飼うのは1羽です。

寒い冬の里山に行くと、こんなことを思い出します。子供の遊びです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月23日 (火)

坊ケ峰

本坂峠から登ります。本坂峠までは旧国道を旧本坂トンネルまで車で行きます。このトンネルは古く、大正4年(1915)にできました。赤レンガ造りです。その頃はトンネルを隧道と呼んだので、表示板は右書きで本坂隧道となっています。

Dsc08103旧本坂トンネル

Dsc08104本坂隧道の表示板

トンネル手前の道を行くと、姫街道と合流し10分ほどで本坂峠に着きました。この峠越えの道は姫街道です。姫街道は歴史のある道で、三河と遠州を繋いでいます。この姫街道と交差して、豊橋自然歩道の尾根道があります。

Dsc08107本坂峠

尾根道を右に行けば、富士見岩を経て多米峠に、反対方向は坊ケ峰や中山峠を経て宇利峠に出ます。

今日は天気が良いので、先ず富士山を見に多米峠側の尾根道を行きました。5分ほど歩くと開けているところがあり、富士山がきれいに見えました。

Dsc08108三ケ日本坂の街と富士山


Dsc08110富士山

来た道を本坂峠に戻り、今度は反対側の尾根道を登り、坊ケ峰に行きました。峠から15分で着きました。社があります。正観世音菩薩が祀ってあります。展望はありません。

Dsc08117坊ケ峰頂上


Dsc08114坊ケ峰頂上の社

ここからは来た道を戻りました。昨日は冬至でした。日の陰っているところはたいへん寒いですが、陽射しのあるところは防寒着を脱ぐほどです。合計1時間ほどの冬の里山を楽しんできました。













| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月19日 (金)

神石山(ごうかき)

昨日は豊橋もうっすらと雪が積もりました。こんなことは年に1度あるくらいなものです。

Dsc08088珍しく積もった雪

今日は快晴となり、空気も澄んでいます。こんな日は富士山が見えるのではないかと、神石山に行って来ました。手洗登山口から往復しました。

Kamiisitearaioufuku

松林のある登山道です。松葉が落ちて積もっています。

ひとつ古い話をいたします。松葉を見て思うことは、よく松葉を集めに行ったことです。「ごうかき」と言っていましたが、熊手で松の落ち葉を集め、南京袋(麻の繊維で編んだ袋)に入れ、背負子(しょいこ)で2・3袋背負って来たことです。

「ごうかき」は、ごを掻くということで、「ご」は松の落ち葉のことです。

これを何にしたかというと、釜土や風呂の焚き付けです。葉が細いので火がすぐに点き重宝しました。よく燃えるのですぐになくなり、何回も行きました。子供だけで連れだって行き、半分遊びのようなものでした。

Dsc08090松林

40分で頂上に着きました。富士山がはっきりと見えました。夏には見えない富士山も、冬には里山でよく見えるので楽しみです。

Dsc08097富士山と浜名湖

Dsc08093富士山

Dsc08096浜名湖と太平洋









| | コメント (1) | トラックバック (0)

2014年12月17日 (水)

報復テロ絶滅へ 45 (パキスタン少女22)

また「報復テロ絶滅へ」のブログを書かねばなりません。またまたとんでもない事件が起こりました。

イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TPP)」が学校を襲撃し、131人が死亡したというのです。(12月17日中日新聞朝刊) 学校を襲撃という考えられないことが起こりました。

子供たちを襲撃するなどありえないことです。子供はどんな環境にあっても、真っ先に保護されなければなりません。その子供を襲ったというのです。

マララ・ユスフザイさんを襲撃した勢力です。マララ・ユスフザイさんは「愚かで冷血なテロ行為によって、私は胸が張り裂けるような気持ちだ。」と声明を発表しています。

この襲撃はパキスタン軍のTPPなどイスラム武装勢力への掃討作戦に対しての報復です。いつまでこんなことが繰り返されるのでしょうか。

近年ではパキスタン最悪のテロとなった ということですが、こういうことが麻痺していかないかと心配です。

このブログを書き始めて3年半になるのですが、報復テロは一向に収まりません。パキスタン政府は今年2月から、タリバン運動と和平交渉を始めたものの、行き詰まって決裂。パキスタン軍は掃討作戦を本格化させています。

ブログを始めた頃にはアメリカとタリバンの水面化交渉などもあったようですが、どうなったかは当ブログは知りません。

マララさんの奇跡の回復が平和への世界的うねりとなって、報復テロが納まって行くのを期待していました。平和への象徴として、マララさんを応援し続けて来ました。

どんなことでも子供の死はやり切れません。子供は真っ先に大切にされなければなりません。子供が犠牲となるような報復テロは、どんなことをしても無くさなければなりません。

追記  夕刊で 死者は141人 うち生徒は132人。負傷者は121人。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月15日 (月)

座談山

葦毛湿原から豊橋自然歩道の尾根に出、座談山に行って来ました。帰りは別の道を下り、一周しました。

Imouonezada

葦毛湿原は花も無くなり、シラタマホシクサの白い玉が僅かに残っている程度です。尾根道に出ると、木が切られ展望が開けています。

Dsc08079尾根道から遠州灘

座談山の頂上に着きました。薄曇りでしたので、まったく思ってもいませんでしたが、富士山が見えました。得したような気持になりました。しかもくっきりと見えます。

Dsc08084富士山と浜名湖

Dsc08083富士山

富士山を見るとうれしくなります。山歩きの楽しみの一つはこうした山々を見ることです。

これからは富士山が見えることも多くなると思います。寒くなってきましたが、この尾根道はいつも何人かの人に逢います。今日も8人に逢いました。一周の時間は2時間でした。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月12日 (金)

富士見岩

湖西市のおちば公園(一本杉)から富士見岩を歩いてきました。寒さが増し手袋や耳あてが必要ですが、風はなく助かりました。 おちば公園 → 大知波峠 → 富士見岩 →  おちば公園 と一周して来ました。

Fujimiiwaootibatouge

今の季節は花もなく、ここは紅葉もありません。今日は曇っていて富士山も南アルプスも見えません。しかし木々の葉が落ちて、樹間から夏には見えない浜名湖が見えます。

Dsc01976 大知波峠からの浜名湖

一周はちょうど2時間、1人に逢っただけでした。

普段、冬の里山を楽しむとか、季節を楽しむなどと聞こえのいいことを言っていますが、コタツの中に潜りこんでいるというのが小生の実態です。やっと歩いて来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

報復テロ絶滅へ 44 (パキスタン少女21)

今朝の中日新聞に「マララさんノーベル平和賞授賞演説」の詳細がありました。演説のポイントが4点挙げてありましたので紹介します。

・テロリストの銃弾は勝てなかった。私たちはより強くなった。

・戦車を造るのはやさしいのに、なぜ学校を造るのは難しいのか。

・すべての子どもが学校に行くのを見届けるまで闘い続ける。

・空っぽの教室、失われた子ども時代、これらは私たちで終わりにしよう。

という内容でした。また、マララさんは「全ての子どもが教育を受ける目標を実現するため、母国パキスタンで首相になりたい」と抱負を述べています。

さて、話は変わりますが当ブログ「報復テロ絶滅へ」始めたのは、次のような理由です。

アメリカ同時多発テロが2001年9月11日に起こり、ウサマ・ビンラディンが2011年5月2日に殺害されました。その後も報復に報復が続いています。この報復が何とか無くならないかという思いからブログを始めました。

このブログはウサマ・ビンラディンが殺害された2011年5月2日の翌々日の5月4日から「報復テロ絶滅へ」というカテゴリーで始めました。

21回目のときの2012年10月9日に、マララ・ユスフザイさんがパキスタンでイスラム原理主義勢力のタリバンから狙撃されるという事件が起こりました。

そのときから「報復テロ絶滅へ」には(パキスタン少女)という副題も入れることにしました。その後「報復テロ絶滅へ」はマララ・ユスフザイさんについての内容が中心となりました。

2012年10月からマララ・ユスフザイさんについて書き始めてちょうど2年、マララ・ユスフザイさんは2014年10月にノーベル賞を受賞しました。

以上がこのブログを始めた理由と経過です。新聞記事の転載がほとんどなので、事新しいこともなく、自分の思いを書いているだけです。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月 3日 (水)

大和(小槌)の大イチョウ

今年も豊川市豊津町(豊川市豊津町割田53-1)の大和の大イチョウを見てきました。このイチョウは打ち出の小槌に似ています。今年も見事な紅葉を見せてくれました。

Dsc08073大和の大イチョウ1

Dsc08063大和の大イチョウ2(反対側)


Dsc08066大和の大イチョウ3

Dsc08067大和の大イチョウ4

2008年は見事な打ち出の小槌の形をしていましたが、2009年の台風でひどいダメージを受けました。

Dsc075152008年の大和の大イチョウ

今年は元のようになってきていますが、枝や葉は少なくなってきています。とにかく見事と言う他ありません。いつまでもこの姿を見せてほしいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吉祥山

吉祥山を歩いて来ました。登山口はいろいろありますが、Aコースの登山口から登り往復しました。

Kitijouakosu

天気が良く駐車場も一杯です。途中下りて来る人の話で、富士山が初めて見えたと言うことでした。50分ほどで頂上に着きました。賑わっています。

Dsc08047登山口

Dsc08053頂上


Dsc08054頂上の賑わい

Dsc08057富士山

25回ほど登っていますが、富士山が見えたのは1・2回です。その他の山もよく見えます。

Dsc08056宇連山(左)、鳳来寺山(中)、明神山(右)

紅葉はそのような木が少なく、ほとんど見られません。寒くなって来て、手袋・耳当ては必携です。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年11月 | トップページ | 2015年1月 »