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2015年2月 6日 (金)

神石山(戦後食料)

立春も過ぎましたが厳しい寒さが続いています。すぐに登れる神石山に、いつもの手洗登山口から、富士山を見に行って来ました。

40分で頂上です。富士山方向は雲があり見えませでした。神石山には単独の人が多く入れ代わり登ってきます。富士山が見えないことを残念がっています。

Dsc08276神石山頂上より浜名湖

神石山頂上から北に下りる道がついています。まだ歩いたことがありません。試しに下りて行ってみました。送電鉄塔巡視用の道のようです。

最初の鉄塔を過ぎると、岩場があり大変展望の良いところがありました。頂上から5分くらいの所です。豊橋市街から田原、伊良湖岬、右には蒲郡と三河湾一帯が展望できました。

Dsc08282豊橋市街、蒲郡方向

Dsc08283豊橋市街、田原、伊良湖岬方向

この巡視路をさらに進んでみました。麓には下りずにさらに奥に行くようです。次の送電鉄塔に行く道のようです。途中で引き返しました。

山に関係ないことを書きます。戦後の食べ物についてです。経験し記憶にあることだけなので、一部になるかと思います。

・大根、サツマイモ、かぼちゃのご飯・・・・米がないのでこれらを混ぜ、量を多くした。

・おかゆ・・・米がないので水を多くし、量を増やした。

・雑炊・・・・野菜を何でも入れた。

・すいとん・・・・小麦粉を解き、団子状にして、野菜を入れた汁に入れる。

・サツマイモ・・・・主食とした。茎や葉も炒めて食料とした。

・蕎麦がき・・・・蕎麦粉に熱湯をかけて啜った。今の蕎麦とは大違いだった。

・タニシ・・・・これは田んぼで簡単に拾えた。

・イナゴ・・・・袋に入れて、ふんを出し、羽をむしって焙烙で炒った。

・鶏、兎・・・・ときに飼っていた鶏や兎を解体した。

・ハゼ・・・・刺し網を河口に仕掛け、翌日揚げに行った。

・サッカリン、ズルチン・・・・砂糖の代用だった。

・麦ごはん、外米ごはん・・・・白米だけのごはんは大分後になってからだった。

・味噌、漬物・・・・樽に仕込んで作った。

・柿、みかんの皮・・・・干して漬物を作るとき使った。

・モチ・・・・正月にはもちを搗いた。10臼以上は搗き、のしもち以外にかき餅、よしまき(ちまき)、あんころもち、おそなえ、あられ、みずとりなどにした。

戦前は食糧事情は良かったようです。戦後のしばらくがひどい状態でした。そのときはそれが当たり前と思っていました。食べ物を粗末にすることは堪えられません。

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