« 雨生山(銭湯) | トップページ | 平尾山(箱膳) »

2015年3月24日 (火)

富士見岩(逸勢桜、戦後の履物)

今日は彼岸の明けです。冷え込んでいますが、青空です。富士山が見えるのではないかと富士見岩に、最も近い本坂峠から行って来ました。

Fujimihonzaka

30分ほどで頂上です。富士山は見えました。しかしやや霞んでいます。富士見岩にいた人の話では3月で富士山が見えたのは初めてだと言うことです。

毎日来ているのでしょうか。冬はほんとによく富士山が見えました。今日見えたのは運が良かったかもしれません。

P3240016今日の富士山

浜名湖もきれいに見えます。

P3240010浜名湖 奥の橋は1号線浜名大橋

桜が咲き始めています。本坂にある逸勢桜(はやなりざくら)は他の桜に先駆けて早く咲きます。普通のエドヒガン桜でちょうど満開でした。三筆の橘逸勢の墓があるのでこのように名付けられました。

P3240039逸勢桜1

P3240047逸勢桜2

P3240060逸勢桜

P3240043逸勢桜4

瞬く間に桜の春となりました。パッと咲き、パッと散る桜、やはり花は桜です。日本の一番きれいなとき、やがて花で埋まります。

話は変わります。戦前戦後の話を書いています。

当ブログは昭和22年4月小学校入学でした。戦後2年目でした。物が全くない時代です。食料は以前のブログに.書きましたが、衣類もほとんどの子が継を当てた服でした。

この頃の履物は下駄、藁草履でした。当ブログは小学校へは下駄で通いました。中学校通学も途中まで下駄でした。

下駄はかなり薄くなるまで穿きました。その間に何回かの鼻緒替えをしました。鼻緒は歩いている最中に切れるので、切れた下駄をぶら下げ、片方は裸足で歩きました。

大人はその場で手持ちの布や手ぬぐいなど裂いて挿げました。冬は足袋を穿きました。鼻緒に指が入るようにするため、足袋には食い込みが必要です。足袋も自分の家で作りました。

雨のときは高歯でしたが、小学校も後半は長靴が穿けるようになりました。高歯はかなり歩きにくくなります。道は土で水たまりだらけ、すぐに泥まるけとなりました。

ImagesImagesxcdl4n56

高歯と藁草履(こんな上等ではありません)  ネットで拝借させてもらいました

遊びで下駄投げをしました。足を振って下駄を飛ばすと表、裏、横のどれかになります。表は晴、裏は雨、横は曇りと明日の天気を占います。

藁草履もいつも穿いていました。藁草履も自分の家で作りました。当ブログも小学生でしたが作りました。細い縄を作り、両足の親指に引っ掛けてそれに藁を編んで行きます。今でも作れそうです。

藁草履は雨が降れば、ぐちゃぐちゃ、それでも履きました。藁草履は何足も作って吊るしてあり、ぼろぼろになれば変えました。

|

« 雨生山(銭湯) | トップページ | 平尾山(箱膳) »

山歩き」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 富士見岩(逸勢桜、戦後の履物):

« 雨生山(銭湯) | トップページ | 平尾山(箱膳) »