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2015年4月22日 (水)

大原調整池奥(戦中戦後のごちそう)

なるべく歩いたことのない登山道を歩こうと思っています。大原調整池の奥はそのようなところが多いので、今日もそちらへ行きました。

この前歩いたとき、鉄塔分岐と大岩との間に、大原調整池の方に下りる道があったので、そこを歩いてみようと思って行きました。

Ooharabungi

この前と同じように林道を行き、鉄塔登山口から登山道に入り、鉄塔分岐に着きました。ここは眺めがよく池も僅かですが見えます。

Dsc08454鉄塔分岐からの眺め

鉄塔分岐から宇利峠方向に向かいます。10分ほど進んだところに分岐があり、そこを左に取り、大原調整池の方に行きました。

Dsc08453分岐を左に行く

しかし道は薄くなってきました。茨が道を塞ぎ、歩き辛くなってきました。踏み跡がはっきりせず、雑木もますます多くなって、下まで行くのは無理です。

途中で引き返すことにしました。また元の道を戻ります。ゆっくり楽しんで下りました。2時間半の歩きでした。

別の話を書きます。

以前に戦中戦後の食糧について書きましたが、今日は戦中戦後の我が家のごちそうについて思い出すままに書きます。

季節の祝い事や行事のときにはごちそうを食べました。
正月はお雑煮でした。もちは10臼以上は搗いたので、好きなだけ食べることが出来ました。

ひな祭りは散らし寿司でした。普段は寿司はあまり食べられません。マグロがのっているような上等なものではありませんでした。

またひな祭りには、毎年ではありませんでしたが、ヨモギの葉を入れた緑色の餅とくちなしの実を入れた赤い餅を作り、白い餅と合わせて菱餅やあられを作ったこともありました。

「菱餅」の画像検索結果
菱餅 ネットで拝借しました

春の彼岸、秋の彼岸にはおはぎ(ぼた餅)を作りました。もち米とうるち米を混ぜたものを使いました。きなことあんこ両方を、2つのお膳いっぱいになるくらいの量作りました。昔はなんでも多くつくりました。

端午の節句は柏餅を作りました。餅を搗いたのではなく、米粉を練りました。よしまき(ちまき)も作り、長持ちするよう天井につるしておきました。

夏にはお祭りがありました。このときは巻きずしといなり寿司を作ります。巻きずしの芯には我が家では、干瓢、椎茸、竹輪など入れました。椎茸、竹輪はわが家独特かもしれません。

巻きずしは遠足とか運動会にも作りました。我が家のこの巻きずしは今でもたいへん馴染んでいて、この芯が好きです。

夏にはカツオを売りに来ました。その頃は1匹単位で買い、家でさばきました。なんといっても刺身が1番で、ニンニクを付けるのが最高です。あらも煮つけにして食べ尽くしました。

祝い事のあったときはおこわ(赤飯)を作りました。重箱に入れ、黒ゴマにナンテンを添えたおこわは見た目にもきれいで、すぐになくなりました。

冬にはたまにすき焼きをしました。肉など普段はなかなか口に入りません。牛肉の本格的なものでなく、鶏肉、豚肉など使いました。牛肉のすきやきが食べられるようになったのは大分後のことです。

これらのごちそうは普段は食べられず、季節や行事のときに食べたのでほんとにおいしく思いました。今でもこれらはごちそうです。

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