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2015年5月12日 (火)

平尾山(七夕まつり)

大原調整池のゲートから林道を歩き、鉄塔分岐、平尾山と一周して、また林道をゲートまで戻って来ました。2時間半の歩きでした。

Ooharachouseihiraoyama2

天気は曇っています。帰りの林道で雨となり、雨具を着けました。平尾山は豊橋、三ケ日、新城の境で、豊橋では一番高い山です。

Dsc08508平尾山頂上

鉄塔分岐付近では浜名湖が見えましたが、景色ははっきりしません。

Dsc08506浜名湖

こんな日に山を歩いている人はいませんでした。

別の話を書きます。戦後の頃、家庭で行っていた行事に七夕祭りがあります。

ほとんど、どこの家でも行っていました。ササは3mほどの結構大きなものを使いました。ササは当時は簡単に手に入りました。

短冊をこよりでササに吊るすのですが、短冊は買ってきました。こよりを撚るのは難しく大人に撚ってもらいました。

先ず短冊にいろいろ字を書きます。この字を書くには墨を摺って書きますが、これがおもしろい方法でした。

墨を摺る水は里芋の葉に溜まった露を使います。里芋の葉は器のようになっていて、たいていの葉に露が溜まっています。

これは字がうまくなるとか、いろいろ理由があったようですが、季節と一体になって何か素朴な感じがしました。

色とりどりの短冊に好きなことを書きます。短冊以外に吊るしたものは習字紙に切りこみを入れ網の形を作って、吊るしました。四角い色紙も使いました。

ササの一番下には赤いほうずきちょうちんを吊るしました。長いこと懸りやっと出来上がり、庭の木に縛りつけました。

小さな台を用意し、まくわうり、茄子、胡瓜など飾りました。夜になってちょうちんに蝋燭を燈すと雰囲気が一層よくなりました。

天の川を渡り、織り姫とひこ星が逢うという夏の行事です。花火をしたり、七夕の歌などうたって楽しみました。

苦労して作った七夕飾りも1日で終わりです。作ったのは前日です。

翌日は近くの川に流しに行きました。川に流すなど今では考えられないことです。七夕飾りは他にも流されています。

当時は川には他のものも流しました。こんな川ですが魚はたくさんいました。誰かが回収していたと思われます。川にも浄化される力がありました。

今では天の川も見えづらくなり、川の浄化力もなくなってしまいました。寂しいことです。

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