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2015年5月28日 (木)

満蒙開拓平和記念館

一度訪ねたかった長野県下伊那郡阿智村の「満蒙開拓平和記念館」を見学しました。家からの距離は120km、2時間半ほどで行けました。

P5280002満蒙開拓平和記念館入口

P5280001満蒙開拓平和記念館

昭和11年から昭和20年までに幻の国「満州国」に、国策として、約27万人が送り出されました。「満蒙開拓団」です。

Dsc08570満州国

20町歩(東京ドーム4個分)の地主になれると夢を抱いての新天地でしたが、開拓民が入植した土地は、その6割が現地の人から強制的に買収した農地であり、開拓地とは名ばかりでした。

そして昭和20年8月9日、突然のソ連侵攻で戦場となり、開拓団の人たちは広野を逃げ惑います。

終戦後も日本に帰ることができず、飢えと寒さで大勢の人が亡くなり、シベリア抑留となり、また残留孤児となりました。

この人たちは苦労の限りをし尽しました。①国策の開拓団 であったと同時に、②侵略者 でもあったわけです。

そしてもう一つの苦労を今日知りました。帰国した人たちは、周りから③満州がえり と言われました。国策であったのに自己責任のように言われました。

満州の死者20万人の4割を開拓団員が占めるということです。子供、親、兄弟を目の前で失い、残留孤児となりました。

希望を抱いて渡った満州でしたが、その後は悲惨で苦労の連続でした。
この人たちに幸せが訪れない筈がありません。

記念館内部は撮影禁止なので写真はありません。

追加

翌日の「続 満蒙開拓平和記念館」 も見て下さい。

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