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2015年6月17日 (水)

東山(戦後の頃の洗濯)

二川の東山に行って来ました。葦毛湿原より行きました。葦毛湿原はノハナショウブが咲いています。

Higasiyama_sasayuri

P6110058ノハナショウブ

尾根道に出ると、ササユリがたくさん咲いていました。もう遅いかと思いましたが、蕾もありました。

P6110061ササユリ

約1時間で頂上に着きました。浜名湖や太平洋が見えます。涼風が心地よく感じました。

戦後の頃の洗濯の話を書きます。。

洗濯は、母親や祖母が行っていました。井戸の傍に盥を据え、釣瓶で水を汲みます。

洗濯板には荒い刻みと細かい刻みが裏表についており、それぞれ使い分けていました。

盥と洗濯板 ネットで拝借しました

石鹸は大きい固形の石鹸でした。しかし戦争直後のときは石鹸も無かったので、母親が作っていました。

苛性ソーダと米糠を混ぜて固まらせた、ただそれだけのものであったようです。無いよりましといった程度かもしれません。

夏のとき、「大変だね」と祖母に言ったら「保養だよ」と言って、洗濯を楽しんでいるようでした。井戸の水が冷えていて、涼みにもなったようです。逆に冬は大変だったと思います。湯での洗濯は見たことがありません。

洗い張りもよく行われていました。昔は、着物を自宅でほどき、洗っていました。 張り板と呼ばれる幅40cm、長さ2mほどの板にのりをつけて張って乾かします。

まっさらの張り板.jpg張り板 ネットで拝借しました

洗った着物は再び同じ形に戻されました。着物を解き、洗って、張って、再び縫うということが行われていました。我が家でも母や祖母が行っていました。

反物を干すのに伸子針(しんしばり)と呼ばれるものありました。伸子は、長さ40cmほどの竹ひごの両端に2mm程度の長さの細い針がつけられたものです。伸子張りと書くかもしれません。

伸子の両端の針を布の両縁にさして弓なりに張り、しわを伸ばしました。当時は当ブログの家では行いませんでしたが、洗濯屋などでは使われていました。

「伸子針」の画像検索結果
伸子針  ネットで拝借しました
昔の人は、家族も多く手間の掛かる洗濯を、よくぞ行って来たと感心致します。

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