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2015年9月10日 (木)

富士見岩(戦後の頃の乗り物)

台風18号は豊橋付近に上陸し、大した被害もなく過ぎ去りました。台風一過、朝は青空となりましたが、その後は雲も出て来ました。

しかし富士山が見えるかもしれないと思って、富士見岩に行って来ました。おちば公園登山口から登り、左回りに一周しました。

Fujimiiwaootibatouge

富士見岩までは1時間10分、山裾には雲がかなりあり、富士山が見えるどころではありませんでした。浜名湖や山並みを見て楽しみました。

P9100007_2 富士見岩頂上

P9100005_2 浜名湖

P9100006_2 頂上から 明神山(左)、富幕山(右)

下りは大知波峠を通り戻りました。2時間30分の歩きでした。

別の話を書きます。

戦後の頃は自動車はまだほとんどありません。燃料も乏しく、自動車は木炭車でした。バスもトラックも木炭車でした。

運搬は主に馬車や牛車でした。家庭では自転車とかリヤカーとか乳母車でしたが、自転車やリヤカーがある家はわずかでした。

終戦の昭和20年頃のわが町は鉄道が通っていました。その頃は蒸気機関車です。客は煙が入ってくるのを防ぐためトンネルに入る度に窓を閉めました。

昭和35年から動力近代化が行われ、わが町を走っていた蒸気機関車もディーゼルカーに変わって行きました。

また戦中戦後は、浜名湖には汽船があり、主要な港を結んでいました。これも交通の発達とともに利用が少なくなり、今は観光船として運航されている程度です

戦中戦後の頃は家庭では和船を持っている家も多く、運搬や釣りに使われていました。当ブログは今も魯で和船を漕ぐことが出来ます。

「和船」の画像検索結果和船  ネットで拝借しました

道路は車がほとんど通らないので遊び場でした。また、夕涼みの場でもありました。道路は舗装してあるところなどありませんでした。車が通った後はもうもうと砂埃が舞い上がりました。

雨が降れば泥水が家の戸に跳ね掛かりました。当時は障子戸の家も多く、すぐに張替えねばなりませんでした。

今のように道路は山道までも舗装され、車で溢れ返る世の中になるとはだれが想像したでしょうか。

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