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2015年12月26日 (土)

富幕山(真岡郵便電信局事件)

雲が少しありますが、富士山が見えるのではないかと、静岡県引佐町の富幕山(とんまくやま)に行って来ました。

 

 

Tonmakukougen

 

奥山高原登山口から登ります。他にも登山口はいくつかありますが、ここからでないと富士山は見えません。頂上では見えなくなります。

 

途中にある展望台が富士山の見える絶好地です。果たして富士山は見えました。

 

Dsc09144
展望台からの富士山

 

頂上にはマウンテンバイクで来たグループがいました。他に子供達も来ており、それぞれ冬の山を楽しんでいるようでした。

 

 

 

Dsc09153
頂上休憩舎で憩う人たち

 

 

 

 

 別の話を書きます。終戦のとき、樺太(サハリン)で起きた事件です。

 

 

 

 

 以前に北海道の稚内公園に行ったとき、下の写真のような碑がありました。そのとき当ブログは、この碑がどういうものか分りませんでした。

 

 

Photo
稚内公園にある碑(2008.7.10撮影)

 

 

 

 その後調べたところ、これは9人の電話交換手の乙女たちを慰霊する碑でした。終戦直後樺太で「真岡郵便電信局事件」という事件が起きました。これは「北のひめゆり事件」とも呼ばれています。

 

 

 

 当時、電話は直接相手にかけることは出来ず、一度電信局に掛けてから相手に繋いでもらう方式になっていました。殉職した17歳から24歳の乙女たちは電話交換手でした。

 

 

 

 

 樺太は1905年日露戦争勝利により、樺太島の南半分はロシアより日本へ割譲され、日本人が多く住んでいました。

 

 

 

 

 1945年8月15日に戦争は終わりましたが、樺太ではソ連軍が侵攻を止めず戦闘が続いていました。16日には婦女子の引き揚げも始まっていました。

 

 

 

 8月20日早朝、ソ連軍が樺太・真岡に侵攻を始めました。真岡は市街戦が激化し、いよいよ真岡郵便電信局の電話交換手たちも、覚悟を決めるときが来ました。

 

 

 

 乙女たちは、北海道の郵便局に、碑にあるような言葉を残し、青酸カリやモルヒネで自決しました。12人中9人が死亡、3人は救出されました。

 

 

 

 何ともむなしい事件です。戦争が終ってから、無駄に命が失われてしまいました。乙女たちの純真無垢な心が偲ばれます。

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