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2016年1月 8日 (金)

満観峰(対馬丸撃沈事件)

静岡市焼津の満観峰に行って来ました。今年の初歩きです。
この山は4回目になりますが、満観峰頂上からは富士山が雄大に見え、また登り口の「やきつべの小径」が郷愁のある道で、心が落ち着きます。
 
広い駐車場があり、そこから登山口まで「やきつべの小径」を歩きます。沢沿いの道は水車小屋があったり、家の門でミカンが売られたりしています。

Dsc09189 家の門で売られているミカン

20分ほどで登山口に着き、ミカン畑の道を登って行きます。振り返ると歩いて来た小径沿いの家々が見えます。

Dsc09199 小径沿いの家々

農道を4回横切り、茶畑の道を行くと、頂上に着きました。登山口から1時間でした。眼前に雄大な富士山が見えました。

Dsc09208 富士山

真っ白に雪をかぶった南アルプスも見えます。

Dsc09212 左から聖岳、赤石岳、悪沢岳

反対方向には焼津港から太平洋も一望できます。

Dsc09211 焼津港

満観峰は景色がよく登り易い山なので、多くの人が来ていました。

満観峰動画をUPしました。

別の話を書きます。対馬丸撃沈事件です。
 
 対馬丸撃沈事件とは、戦争中の1944(昭和19)年8月22日、疎開学童ら1788名を乗せた対馬丸が、米潜水艦の魚雷攻撃を受け、沈められた事件を言います。犠牲者数1484名です。
 1941年12月にはじまった太平洋戦争は、翌年の夏から敗戦を重ねるようになり、1944年7月7日、ついにサイパン島が占領されました。
 「サイパンの次は沖縄だ」と判断した軍の要請で、政府は奄美大島や徳之島、沖縄県の年寄り・子供・女性を島外へ疎開させる指示を出します。
 沖縄から長崎を目指し出航した対馬丸は、鹿児島県沖で、米潜水艦の魚雷攻撃を受けました。
 ほとんどの乗船者は船倉に取り残されました。海に飛び込んだ乗船者も台風の接近に伴う高波にのまれました。
 イカダにすがって漂流した乗船者が僅かに、付近の漁船や海軍の哨戒艇に救助された程度です。奄美大島まで流されるなどして生き延びた乗船者もいます。
 この撃沈事件が大変悲劇であるのは、乗船していた疎開者のうち、半数は学童集団疎開の子どもたちだったことです。
 1484名の犠牲者の中、783名は学童でした。当ブログとほぼ同じ年代の人たちです。何という悲劇でしょうか。
 沖縄は戦中・戦後、犠牲を強いられています。沖縄に寄り添った気持ちを持ち続けて行きたいと思っています。
 

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