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2016年2月17日 (水)

竜ヶ岩山(平岡ダム強制連行)

静岡県引佐町の竜ヶ岩山(りゅうがしさん)に行って来ました。近くには竜ヶ岩洞があります。高さ359mで簡単に登れる山です。

Ryuugasiyama

竜ヶ岩洞から林道登山口まで車で入りました。ここまで入ると、頂上には15分で着きました。引佐・浜松市街、浜名湖、太平洋が一望できます。

Dsc09449 頂上からの展望

頂上は広場になっており、ハングライダーが飛べるようになっています。展望台や鐘があり、河津桜が咲きかけていました。

Dsc09455 頂上

戦中戦後の頃の話を書いています。
 
平岡ダムは長野県天竜村にあります。平岡発電所は桜の名所として知られていますが、その上流にあるダムとその歴史についてはあまり知られていません。
 このダムは電力不足を補うため国策として、天竜川をせきとめ、水力発電する目的で1940(昭和15)年に着工、途中資材不足による中断を経て1952(昭和27)年に完成しました。

 その作業には、中国から連行されてきた中国人労働者、強制連行による朝鮮人労働者、捕虜となったイギリス人らが当てられていました。
 労働者は現場近くの飯場等で生活し、飯場頭のもとで極めて低賃金(日本人の1/3程度)で働かされました。
 衣服、入浴はままならず、食事は粗末なパン一日三個と汁のみ、など劣悪な状況のなか、捕虜同様の扱いで作業を強いられ、多くの人たちが事故や病気で亡くなっています。

 ダム建設の背景には、こうした歴史があることは語られず、被害者たちによる損害賠償請求の提訴が行われるようになるまで、まさに暗い歴史を封印する状況が長く続いていました。

 当ブログも平岡ダムに行ったことがありますが、そのときはこのような歴史があることは知りませんでした。昨年.長野県阿智村の「満蒙開拓平和記念館」に行ったとき、初めてこのことを知りました。

Dsc05797 平岡ダム(平成25年11月14日撮影)

 現在、平岡ダムには、強制連行殉難者を供養する慰霊碑が建てられ、長野県日中友好協会 の主催による慰霊祭が毎年行われています。

 また、山腹の火葬場跡から掘り出された人骨は、あの残留孤児の父 山本慈昭さんらの胸に抱かれて祖国に送られました。

 

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