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2016年7月

2016年7月30日 (土)

嵩山(造船所見学)

昨日、湖西市の梅田から簡単に登れる嵩山(すやま 170m)に行って来ました。

Suyama2

登山口は駐車場も完備しており、神石山など湖西連峰に多くの人が登っています。

Dsc00474 登山口

頂上には20分ほどで着きました。低い山ですが、浜名湖の眺めがよく、そよ風もあってくつろぐことが出来ました。

Dsc00470 浜名湖

Dsc00473 頂上

ここから別の話になります。

今、三河港を中心に「海フェスタ東三河」が開かれています。その中の催し事の1つとして、「新来島豊橋造船見学会」があり、今日見学をしてきました。

これは事前申し込みではなく、9:30に整理券配布となっています。既に多くの人が並んでおり、見学は11:45からとなりました。

時間があるので、先に練習帆船「海王丸」の見学をしました。帆は張っていませんでしたが、内部の見学ができました。

Dsc00497 海王丸(後部)

Dsc00486 海王丸

Dsc00491 海王丸甲板

また、海洋環境整備船「白龍」も内部の見学をしました。「白龍」はゴミ回収や油回収をする船です。

Dsc00494

海洋環境整備船「白龍」

新来島豊橋造船の見学です。

集合場所からバスで移動しました。造船所は広い(東京ディズニーランドと同じ広さ)ので、そのままバスで見学です。

①内業工場→②大組立工場→③管工場→④ブラスト工場→⑤建造ドッグ→⑥艤装船 と言う順序で見学しました。

主要クレーンは門型走行式800Tクレーン1基、同じく300Tクレーン2基、塔型引込式150Tクレーン1基を備えています。

これらのクレーンは聳えているので三河湾のどこからでも見えます。800Tクレーンは平成18年に増設されました。

Dsc00507 300Tクレーン(2基)

Dsc00511 クレーン基部

Dsc00524 船首ブロック

Dsc00514 ブロック置場

Dsc00518 ブロック運搬車輌

このように組み立てられた巨大なブロックは、建造ドッグで組み立てられます。建造ドッグは長さ380m、幅66m、深さ10.7mで1.5隻を組み立てて行くのが、効率がよいということです。

艤装岸壁では、バスから降り、艤装中の船を見学しました。全長197m、載貨重量61,000トンのバラ積み貨物船が艤装中でした。

この船の乗り組み定員は25人です。この船を年間7隻建造しているということです。

Dsc00528 艤装中の船

巨大クレーンなど眼前に見ることが出来、鉄を自在に組み立てて行くそのスケールの大きさに目を奪われました。素晴らしい工場見学ができました。

 

 

 

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2016年7月27日 (水)

田原蔵王山(平成28年戦争資料展 特攻)

田原市の蔵王山(250m)を歩いてきました。登山口は公園となっており、市民憩いの森となっています。蝉しぐれの中を登って行きます。

Zaousantahara

すぐに熊野権現があり、頂上近くに蔵王権現があります。

Dsc00456熊野権現

Dsc00457 蔵王権現

30分で頂上に着きました。頂上からは三河湾、田原市街、豊橋港、トヨタ自動車工場など見えます。また、たくさんの風力発電の風車、ソーラーパネルが見えます。

Dsc00459 頂上にある風車

Dsc00458 三河湾

頂上まで車で行けるので、観光客も来ています。帰りも同じ道を下りました。
 
昨日の中日新聞に豊橋中央図書館で、地元の特攻隊員にスポットを当てた平和展 「特攻は今」 が開かれているという記事があり、見に行って来ました。
特攻については知覧の特攻を1度書きましたが、愛知県や豊橋市にも特攻に係わる資料・証言があり、特攻隊の経験者・家族がいます。

Dsc00455        特攻展会場看板

 

資料については撮影禁止なので、以下写真はありません。

 

特攻と言うのは「特別攻撃隊」の略で第二次大戦で、旧日本陸海軍が体当たり戦法のために、特別に編制した部隊です。

 

爆装して敵艦に体当たりした航空特攻と、特殊潜航艇や人間魚雷などの海上特攻とがありました。

 

豊橋

 

・豊橋市朝倉川河口に特攻艇の基地があったという資料があります(豊橋軍事史叢話)。

 

・豊橋市大崎航空隊の近くの壕に特攻艇が格納されていたという証言があります。

 

・渥美郡野田村、老津村、静岡県新居町にも肉薄攻撃船艇が準備されたという記録もあります(豊橋市戦後復興史)。

 

愛知県

 

・豊田市浄水地区には名古屋航空隊基地がありました。昭和20年4月には神風特攻隊草薙隊と命名され、63名の若者が命を落としました(草薙隊戦記)。

 

・安城市東端町には明治航空基地がありました。昭和20年、沖縄近海の米艦船への特攻で23名が戦死しました。現在も戦争遺跡があります。

 

・知多郡美浜町には第二河和海軍航空隊基地がありました。水面を滑走路代わりに特攻訓練が行われました(防衛研究所資料、滑走台跡の説明版)。

 

・知多半島には人間魚雷や特攻艇の基地もありました。

 

当ブログは戦前生まれの人間ですが、近くにもこのような特攻隊に係わる基地があったとは全く知りませんでした。

戦争遺跡は多くありますが、これらが埋もれてしまわないようにし、受け継がれていくことを願っています。
 

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2016年7月25日 (月)

霧山

静岡県引佐町の霧山(423m)を歩いて来ました。都田ダムのある「いなさ湖」の近くです。麓にある「かわな野外活動センター」から登りました。

Kiriyamayagai

Dsc06423 かわな野外活動センター入口

かわな野外活動センターの舗装道を5分ほど歩くと、登山道に入ります。樹林の道を20分ほど歩き、尾根道に出、さらに5分で頂上です。

Dsc06414_2 霧山頂上

中央に鉄塔が聳えています。西と東の展望が開けており、西側には富幕山(とんまくやま)、尉ケ峰(じょうがみね)、浅間山(せんげんさん)などが見えます。尉ケ峰の左には浜名湖も見えます。

Dsc03988 富幕山

Dsc03990 尉ケ峰と浜名湖

東側には観音山が見えます。冬には富士山が見えるのですが、とても見えません。

Dsc03994 観音山

下りは駐車場へ出る道を降りました。下りも30分ほどで、合計歩き時間は1時間でした。

カメラを持って行かなかったので、以前に撮った写真を使いました。

 

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2016年7月23日 (土)

シールド工事見学会

「海フェスタ東三河」の記念イベントとして豊橋市上下水道局による「中島処理場とシールド工事現場」の見学会があり、工事大好き人間の当ブログは見学して来ました。

海フェスタとは、毎年7月に開催される全国規模のイベントで、今年は三河港を中心に東三河地域で開かれます。開催期間は平成28年7月16日(土)~平成28年7月31日(日)です。
「海フェスタ東三河」の主な行事は海上自衛隊や海上保安庁の船舶や練習帆船の一般公開、グルメイベント、トークショー、体験イベント、各種イベントなど行われます。
「中島処理場とシールド工事現場」見学会は本日で、事前に募集があり、当選していました。豊橋市神野新田町の中島処理場が集合場所です。説明を聞き、処理場の見学です。

Dsc00423説明を聞く見学者 

Dsc00418 処理施設

 
下水道のおおよそのしくみは次のようになっています。
 
沈砂池(砂などを沈め、大きなごみを取り除く) ➡  最初沈殿池(細かい汚れを沈めて取り除く) ➡ 反応タンク(微生物のかたまりと汚水を混ぜて空気を送り込む。水の汚れは微生物の栄養分として吸収・分解される) ➡ 最終沈殿池(きれいになった水と重くなった汚泥を分ける)
 
きれいになった水は放流されます。ここまでに16時間掛かります。
 

Dsc00419 反応タンク

 
 

Dsc00426 最終沈殿池

大雨のときは一部を処理し、バイパスを通して川に流しているということです。

次に下水管のシールド工事現場の見学です。当ブログは一番の関心がありました。

下水管の直径は1.5mで地下13mほどのところに868mの長さ造られています。

先ず立坑が造られ、そこからシールド機によりトンネルを掘って行きます。トンネルの堀り終ったところから、下水道管(セグメントと言う)を組み立てて行きます。

Dsc00452 立坑

Dsc00445 トンネル入口

Dsc00438 トンネル内部

このようなトンネル内部に入ったのは初めてです。工事はほとんどが少人数で機械で行われています。

現場の人たちも親切に説明してくれ、大変見応えのある工事現場見学でした。

トンネルの中に記念になるよう、墨を渡されたので当ブログも書いて来ました。

Dsc00442 壁面に書く

この見学会は午前・午後と行われましたが、当ブログが参加した午後のグループは25名で子供も半数くらいでした。子供たちは大変喜んでいました。

「海フェスタ東三河」は多くの会場で行われていますが、豊橋港の会場にも寄ってみました。浚渫船の見学をしました。

Dsc00401 浚渫船「清龍丸」

Dsc00406 清龍丸内部

今日の見学は、日頃見ることが出来ないところばかりであり、大変興味深いものでした。

 
 
 

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2016年7月21日 (木)

茶臼山(大暑)

愛知県豊根村の茶臼山(1,415m)に行って来ました。リフト下の駐車場から西ルート登山口を登り、休暇村の方に降り、一周して来ました。

Chausuyamaishuu

 

Dsc00380 西ルート登山口

自由の丘と名付けられた草原広場に着きます。開けていて周りが見渡せます。30分ほどで頂上に着きました。

Dsc00389 茶臼山頂上標識

Dsc00385 頂上から萩太郎山

下りは休暇村の方に降り、車道に出ました。歩き時間は1時間30分ほどでした。茶臼山高原は流石に愛知県で一番高いところです。暑くも無くさわやかでした。

下りてきたのは、12時半頃でしたが、車は意外に少なく(20台~30台)、リフトもほとんど無人で動いていました。

別の話になります。明日、22日は大暑(たいしょ)です。当ブログは季節を表す言葉が好きなので、大暑について書きます。

大暑は二十四節気の1つで、例年、7月22日か23日のどちらかの日になります。(理由は、太陽黄道が120度のときと定められているから)

大暑とは、いったいどんな日でしょうか。字の通り最も暑くなるころです。大暑当日から、立秋の前日(8月7/8日)までが、大暑の期間中となります。
 
節気に因んだ食べ物がよくありますが、大暑の日に特に食べる食べ物はあるのでしょうか。天ぷらのようです。夏バテ防止に天ぷらが最適だということです。
しかし、実際の暑さのピークはもう少しあとのようです。 これは二十四節気は中国で生まれたものだから、日本の気候とは少しずれているためです

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2016年7月19日 (火)

吉祥山(続々豊川海軍工廠)

梅雨も明け、真夏となりました。里山は冬に歩くにはよいですが、夏は頂上とて暑さは変わりません。それでも風があると何とも言えない心地です。

また近くの吉祥山に行って来ました。家から20分ほどです。小さな沢沿いに登るBコース登山口からです。Aコース登山口より5〜10分ほど早く着きます。

Kitijoubkosu

頂上へは45分で着きました。低い(382m)ながらも独立峰なので、周りがぐるっと見渡せます。残念ながら今日は雲もあり、風はありません。

Dsc00358 吉祥山頂上

Dsc00357 雲に霞む山

A,B,Cコースとも駐車場もあり、賑わう山ですが、今日は1人に逢っただけでした。1時間30分ほどの歩きでした。

ここからは豊川海軍工廠について書きます。豊川海軍工廠については3回目になります。1回目は概要を、2回目は工廠跡見学を書きました。今日は展示会です。

展示会は7月19日~8月31日まで豊川市桜ヶ丘ミュージアムで行われています。毎年夏のこの時期に開催しています。当ブログは初めての見学でした。

Dsc00359 桜ヶ丘ミュージアム玄関

Dsc00365案内板

1回目と重なりますが、豊川海軍工廠についてもう1度簡単に記します。

豊川海軍工廠は、海軍兵器の生産を目的として、昭和14年に宝飯郡豊川町・牛久保町・八幡村にまたがって開庁しました。双眼鏡や機銃などを生産し、日本最大の規模で、東洋一の兵器工場ともいわれました。

しかし、昭和20年8月7日の米軍B29爆撃機などによる空襲で壊滅的な被害を受け、2,500名以上の人が犠牲となりました。

8月7日といえば、6日は広島に原爆、9日は長崎に原爆、その間の日ということになります。戦争も末期、敗戦も決定的なときでした。

既にアメリカ軍は昭和19年に、上空から豊川海軍工廠の写真撮影を行い、施設の構造などを分析して、空襲の計画を立案してきていました。

さて、展示会は、市民から提供された工廠関係の展示品、当時の写真、米軍機から撮影された空襲時の写真、DVD映像、説明パネル板などありました。

Dsc00366 海軍用地標柱

Dsc00371 守衛長の制服

Dsc00364 寄せ書き日章旗

他に爆弾の破片もありましたが、これを持ってみると、小さい破片なのに大変重いのです。破片断面も鋭く、これが当たれば、命が失われるでしょう。

豊川海軍工廠は、広大な敷地の周囲には堀が張り巡らされ、門の数は東西南北の4つだけで厳重でした。昭和13~14年に1年で造り上げました。Toyokawakaigun

豊川海軍工廠では5万人が働いていましたが、そのうち工員は1万人で、4万人は徴用工員でした。徴用工員は女子挺身隊、朝鮮人徴用工、動員学徒などでした。

現在、戦後生まれの人口が8割を超え、平和になった今の時代、かってこのような事があったことは、想像が出来なくなっているかもしれません。

当ブログは戦前戦後を知る最後の世代となりつつあります。なるべくその頃のことを書こうと思っています。

 

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2016年7月 4日 (月)

石巻山(岡崎空襲)

大変暑い中でしたが、家から10分ほどの石巻山にぶらりと行って来ました。中腹の駐車場まで入るので簡単に登れます。

Isimakisanyama2

登り口は旅館が2軒あります。眺めが大変良いところです。25分ほどで頂上です。360度ぐるっと見渡せます。近くに豊川用水調整池の三ツ口池が見えます。

Dsc00336 三ツ口池

こんな暑い時登ってくる人はありませんでした。

今日の中日新聞に岡崎空襲の記事がありました。当ブログは以前は静岡県に住んでいたので、岡崎の空襲のことは知りませんでした。

岡崎空襲は昭和20年(1945年)7月20日未明、岡崎市に米軍の爆撃機B29が1万2千発の焼夷弾を投下し、市域の3分の1が焼失。死者は207人とされてきました。

しかし、その後「岡崎空襲を記録する会」の調査により、死者数は280人であることが分かった という記事でした。

終戦間際には、地方都市にも空襲があり、豊橋・浜松空襲については以前に書きました。

昭和20年6月には57の地方都市が爆撃目標として設定され、岡崎市もリストに加わりました。このほか、岐阜市、一宮市、桑名市、大垣市といった名古屋市周辺の都市も含まれました。

このような状況であったにもかかわらず、圧倒的多数の国民は戦争には負けないと思っていました。この落差はいったいどこから来るのでしょうか。

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2016年7月 3日 (日)

東山(ハンゲショウ)

豊橋自然歩道(湖西連峰)の東端にある東山に、葦毛(いもう)湿原より登って来ました。

Higasiyama_sasayuri

梅雨の晴れ間の日曜日、駐車場は車がいっぱいです。葦毛湿原を突き抜け、最短と思われるコースで行って来ました。頂上には50分で着きました。

Dsc00332 東山頂上からの眺め

下りも同じコースを降りました。登山道では5人ほどに逢っただけです。

葦毛湿原は花が移り変わって咲いています。しかし、どこにでも咲いているわけではないので、場所を知っていないとほとんど分かりません。シラタマホシクサが咲き始めていましたが、これは多くのところで咲いているのですぐに分かります。

さて、半夏生についてです。ハンゲショウが咲いていました。これは花よりも葉に特徴があります。

Dsc00344

葦毛湿原に咲くハンゲショウ

上の方の葉、数枚の表側が白くなります。マタタビもこのようになるので、間違えそうです。家の庭にも植えられています。我が家でも植えたことがありますが、枯れてしまいました。それは湿気が足りなかったようです。

花はトカゲのしっぽのような地味な花です。今盛んに咲いているオカトラノオの花と似ています。これは尾根道に咲いていました。

Dsc00334 オカトラノオ

花に詳しくも無いのに、この花の説明をしているのは、季節にも半夏生と言うのがあり、言葉の響きが好きだからです。

季節の半夏生ですが、今年は7月1日でした。今年はと言うのは年によって違うからです。夏至の日から11日目を言います(今は別に決められている)。7月2日の年が多いようです。

季節には24節季とは別に72候があり、その中の1つです。この日にタコを食べる習慣があります。それは田植えの終わった今の時季、稲の根がタコの足のようにしっかりと張って豊作になりますように、という願いが込められているからです。

半夏生と言う言葉の響きに、季節感をしみじみと感じています。

 

 

 

 

 

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