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2016年9月29日 (木)

吉祥山(山下清展)

雨の合間を縫って、近くの吉祥山に行って来ました。家から20分ほどです。小さな沢沿いに登るBコース登山口から歩きました。

Kitijoubkosu

 

この時期栗が拾えるので期待して行きましたが、すでに拾われてしまっており、拾えたのは10粒ほどでした。

頂上へは50分ほどで着きました。雲があり、近くの本宮山さえも見えません。雨が降って来ないのが幸いくらいです。

Dsc00934 吉祥山頂上

 花は見られませんでしたが、雨が多いせいか毒キノコが至る所で見られました。1時間40分ほどの歩きでした。
 

別の話になります。今日の新聞に豊橋市美術博物館で「山下清展」が開かれているという案内記事があり、見て来ました。

Dsc00931 豊橋市美術博物館

山下清は1922年(大正11年)東京の浅草で生まれ、貼絵による独特の世界を確立し、「日本のゴッホ」とも称されました。1971年(昭和46年)49歳で亡くなりました。

当ブログは絵に造詣が深いわけではありません。せっかく近くで開かれているので、最高の作品を見ておきたいという思いがありました。

山下清は3歳ころ消化不良で言語障害、知的障害を患いました。小学校ではいじめられ、やがて知的障害施設に預けられました。

そこでちぎり絵に出合いました。初めの頃は昆虫の絵ばかりでしたが、学園に慣れた頃、人物も現れました。その頃は色紙の材料も少なく、古切手も使われました。 緻密で色鮮やかな貼絵に優れていました。とくに花火が好きでした。

学園での在籍期間は長かったものの、18歳の時に突如学園を後にし、放浪の旅へと出て行きました。この「放浪」が山下清の代名詞にもなりました。

放浪の後に画家として活躍し、さまざまな手法で、油彩画、水彩画、ペン画、陶磁器に挑戦しました。そしてヨーロッパを旅し円熟期を迎えました。

晩年には「東海道五十三次」の制作を志して、東京から京都までのスケッチ旅行に出掛けました。このとき「豊橋の城」を描いています。

ところが1971年(昭和46年)脳溢血のため49歳の若さで亡くなりました。

山下清には抜群の観察力と記憶力があり、旅先ではほとんど絵を描くことがなく、学園や実家に帰ってから記憶を基に描くというスタイルでした。

戦後は個展の開催や刊行が相次ぎ、映画やドラマにもなりました。今日の「山下清展」では131作品が展示されていました。

「山下清展」は10月23日まで開かれています。写真は撮影禁止です。

 

 

 

 

 

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