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2017年7月 8日 (土)

富士見岩(盧溝橋事件)

湖西市知波田のおちば親水公園より富士見岩に行ってきました。

Fujimiiwaoofuku

Dsc02254 おちば親水公園

このところ急に暑くなってきました。気温は32度です。

違った道を行こうと思い、登り口のところからいつもと別の道に入りました。
しかし茨の道となり10分ばかりでしたがさ迷い、またもとのところに戻ってきました。腕には茨のひっかき傷ができました。

こんな暑いときなので、登る人は少ないと思っていましたが、途中8人に逢いました。頂上には2人がいました。

Dsc02258 頂上の岩

Dsc02256 頂上より浜名湖

富士山は今の季節見えませんが、ご褒美がありました。それは涼風です。この風は頂上でしか味わえません。疲れた後の涼風、何よりも勝ります。

下りも来た道を帰りました。2時間20分の歩きでした。

別の話になります。昨日は懐かしい七夕の日でしたが、戦争へと突入していった盧溝橋(ろこうきょう)事件の日でもありました。昨日の中日新聞社説は「盧溝橋事件80年」という記事でした.。

盧溝橋事件とは1937年7月、北京郊外の盧溝橋付近で、日本軍に中国軍から銃弾が撃ち込まれた事件です。これをきっかけに日中戦争が始まってしまいます。

盧溝橋事件は誰が発砲したのか、いまだ不明です。これをきっかけに中国国内では対立していた国民党軍と共産党軍は手を結び、抗日戦争を戦うことになりました。

日中戦争は華北ばかりか上海でも戦闘が始まり、全面戦争に陥って行きました。

盧溝橋事件の前、1931年に関東軍(日本の満州駐屯軍)は、南満州鉄道を爆破し、それを中国軍の仕業であるとして満州の大半を占領し、満州国をつくりました。

(因みに関東軍は日本の関東地方とは関係ありません。この関東というのは「万里の長城の東側」ということで、満州を意味する言葉です。)                        

日本が満州国をつくったことについては国際連盟総会で採択書の採択が行われ、これに不満を持った日本は1933年、国際連盟を脱退し、孤立を深めて行きました。

このことが日中戦争にも、太平洋戦争にも結び付いて行きました。

 

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