« 茶臼山 | トップページ | 東山(戦後の生活・・・米搗きびん、石臼、防空頭巾) »

2017年8月26日 (土)

続 戦争番組 第2氷川丸

8月21日のブログに、終戦日前後のテレビでの、戦争に関する番組を幾つか書きましたが、その後も戦争番組がありましたので、その続きです。

8月20日 NHK スペシャル 「戦後ゼロ年 東京ブラックホール 1945-1946」
 
8月23日 NHK Eテレ 100分de名著 大岡昇平″野火″第3回「人間を最後に支えるもの」

8月25日 NHK BS1スペシャル 「なぜ悲劇は生まれたのか~写真家・船尾修 満州の旅」

8月25日 NHK 金とく 「追跡 巨大沈没船~若狭湾・隠された秘密」

8月26日 再放送 NHK スペシャル 「戦慄の記録 インパール」


これらも録画しておきました。この中より8月25日放送の 「追跡 巨大沈没船~若狭湾・隠された秘密」を書きます。これも驚きと衝撃の内容でありました。

番組内容には次の説明がありました。

今年3月、NHKは、若狭湾の海底で、巨大な沈没船の水中撮影に成功した。専門家の分析で、終戦直後に原因不明の沈没をとげた「病院船・第二氷川丸」であると分かった。

病院船は、戦時中、敵味方なく負傷兵を治療し、攻撃してはならないとされていた「海の聖域」だった。しかし、船は日本軍の秘密の任務を担っていた。

それは戦後まで尾を引く国際問題に発展していく。沈没船の謎と、戦争の知られざる事実に迫る。」
 

実は、この「病院船 第2氷川丸」はオランダの「病院船 オプテンノール号」を乗っ取り、船名を替えた船でした。

番組の中では次のような証言がありました。

オプテンノール号 乗組員の遺族
「父たちがいる船に日本人が乱入してきました。敵の病院船を襲撃したり破壊することは禁じられています。
病院船には命を救う使命があり、武器も持っていません。攻撃したり押し入ることなど決してあってはならないことです。」

第2氷川丸 元衛生兵
「第2氷川丸は武器の輸送も行っていた。日本はだんだん追い詰められていった。悪い方へ行ったんや。兵器も載せていったね。大砲みたいなもの。それはいかんということくらいのことは知っていました。」

第2氷川丸 元衛生兵
「横須賀から陸軍を500人くらい乗せてニュウブリテン島の基地に下したね。みんな秘密やでね。それでもやっぱり戦争末期になってきたらどうしても隠れた存在でね。内緒で運送しとったんやろね。」

このように武器や兵士を運んでいたのは、第2氷川丸だけでなく、他の3隻の病院船も同じでした。 

第2氷川丸は、終戦3日後の8月18日に、海軍省が若狭湾で自沈させました。違法な軍事使用を隠すためでした。

その後第2氷川丸については、30年にわたる国際問題に発展して行きました。

当ブログは戦前生まれの人間ですが、初めて知ることが多くありました。この一連の戦争番組は、驚きと衝撃の連続でした。

戦後72年も経って、初めて明らかとなったことがたくさんありました。まだまだ戦争のことを多く知りたいと思います。

 

|

« 茶臼山 | トップページ | 東山(戦後の生活・・・米搗きびん、石臼、防空頭巾) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 続 戦争番組 第2氷川丸:

« 茶臼山 | トップページ | 東山(戦後の生活・・・米搗きびん、石臼、防空頭巾) »