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2017年8月30日 (水)

東山(戦後の生活・・・米搗きびん、石臼、防空頭巾)

葦毛(いもう)湿原から二川の東山(258m)に行って来ました。東山は松明峠(たいまつとうげ)とも言います。8月末とは言え、真夏の暑さが続いています。

こんなときですが駐車場は車が30台くらいありました。簡単に登れる山なので、山歩きを楽しんでいる人が多いようです。

Higasiyama_imou

葦毛湿原は花が移り変わっています。10日ほど前はサギソウが一面にありましたが、わずかに残って居る程度です。ミズギボウシ、シラタマホシクサがよく咲いていました。

Dsc02595 葦毛湿原

Dsc02600 サギソウ

Dsc02594 ミズギボウシ

Dsc02592 シラタマホシクサ

それほど急でもない道を登って行きます。ときに木立を吹き抜けてくる風、また尾根道の開けた所に出て当たる風、何とも言えない心地です。これが夏の山歩きの良いところしょうか。

1時間で頂上に着きました。二川の街から太平洋まで広がっています。反対側には豊橋市街が見えます。

Dsc02596 頂上標識

Dsc02598 二川の街と太平洋

駐車場の車が多い割にはこちら側は人が少なく、1人に逢っただけでした。こちら側の尾根道はここで終わりになるので、反対側の尾根道を歩く人が多いのでしょうか。

葦毛湿原には子供達も来ていました。昨日も釣りに行って女河浦の海水浴場を見てみました。15人ほどが居ました。夏の賑わいがはやくになくなってしまうのも寂しいものです。子供達には夏を精一杯楽しんでほしいと思います。

戦前戦後の体験談を以前書いて来ましたが、その補足です。

米搗きびん

「米搗きびん」の画像検索結果

米搗きびん ネットで拝借しました

戦後の頃は、お米が配給制になって玄米のまま配られました。玄米と云うのはもみ殻だけを剥いだままのお米で、表面に薄い皮を被っています。これを白いお米にするのに使いました。

お酒やしょう油が入っていた一升びんの中に玄米入れ、直径が1センチほどの棒を上からさしこんで、上下に動かしてお米とお米をこすり合わせて玄米の薄皮を剥くのです。

薄皮がはがれて糠が混じってくるまで根気よく搗きます。力を入れすぎると底を叩いて最悪の場合は壜の底が抜けてしまいます。

棒でかき回すと早く仕上がるような気がしますが、米が砕けて駄目です。ひたすら上下運動の繰り返しだけです。これも子供が手伝いました。

石臼

「石臼」の画像検索結果

石臼 ネットで拝借しました

戦後の頃には、粉を作るのは家で行っていました。
小麦、米、大豆、そば など何でも石臼で粉にしました。これも子供が手伝いました。石臼を回すのはかなり重いのです。向かい合って二人で回しました。

早く終わらせたいので、穴の中にたくさん入れると外れてしまいます。また回すのは2人が呼吸を合わせて、リズミカルに回さなければ外れてしまいます。

煎った大豆できな粉、煎った麦で香煎(こうせん)を作りました。すぐに食べることのできるものを挽いているときは、気が入りました。

防空頭巾

「防空頭巾」の画像検索結果

防空頭巾 ネットで拝借しました

子供から大人まで誰もが持っていました。中に綿を入れ厚目にしてありました。家で作りました。防空壕に飛び込むときは誰もがかぶって入りました。

警戒警報が出たときもかぶりました。警戒警報が出たときは、役員の人がメガホンで「警戒警報発令」と触れ回りました。防空頭巾には愛着があり、戦後しばらくは持っていました。

 

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