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2017年9月30日 (土)

ラクダ岩(戦後の生活・・・シラミ・ノミ・回虫)

湖西市女河浦(めがうら)に釣りに行って来ました。30分ほど釣り、近くの山に行きました。ハゼはあまり釣れなくなりました。

歩いたのは梅田公園登山口から神石山に行く途中のラクダ岩までです。50分で着きました。

Toyohasiumeda2

ラクダ岩は浜名湖の展望がよく、今釣りをして来た女河浦も見えます。

Dsc00305 ラクダ岩から浜名湖の展望

気候も良くなったので多くの人が来ていました。

Dsc02726ヘダイ  

別の話になります。戦後の頃の話を書いています。

ノミ・シラミ・回虫

蚤(のみ)

戦後の頃は蚤や虱(しらみ)に悩まされました。蚤は暖かい衣類の中にいます。今では見かけなくなりました。1~3mmほど大きさで大きく跳びます。布団の中とか衣類の縫い目辺りに潜んでいます。

「蚤」の画像検索結果 ネットで拝借しました 

血を吸います。吸われるとその周りが赤い斑点となっていました。痛いわけではありません。あとで気が付きます。

朝起きて、布団をおもむろにめくって行くと、蚤を見つけます。跳ぶ前に指で押さえつけ、揉んで弱めてから、両親指の爪でプチンとつぶします。

たくさんいるのでまたそろりと布団をめくり、同じことを繰り返します。大きく跳ぶので逃がさないようにゆっくり行います。寝間着の縫い目などにも多く潜んでいました。

毎朝のことで、DDTをかけてもなかなか直ぐには死にません。どこの家もこのようだったと思います。

虱(しらみ)

虱も蚤に似ていますが、跳ねたりはしません。衣類にも付いたりしますが、特に髪の毛に付きました。戦後は男の子はみんな丸坊主でしたから虱が付くことはありませんが、女の子は付きました。

画像検索結果 虱  ネットで拝借しました 

虱を採るには目の細かい虱用梳き櫛がありました。これで髪を梳くと虱が櫛に付いて来ました。

学校では時々女の子の頭にDDTを振りかけ、女の子の髪は真っ白になっていました。こういう光景はたびたび見ました。DDTは今は危険な薬品と分かりましたが、当時はありがたい殺虫剤だったのです。

回虫(かいちゅう)

回虫は白いミミズのような虫です。おなかの中にいます。今では全くと言ってよいほど見かけませんが、戦後はほとんどの子のおなかにいました。

写真:成虫回虫(22cm)  ネットで拝借しました

当時は農作物の肥料は下肥が普通でした。生野菜を食べると付着している寄生虫の卵が、経口で身体に入りました。身体の中で成虫になります。

これを駆除するのに、海人草(かいにんそう)という薬をよく学校で飲みました。海人草とは、紅藻に甘草などを加えた回虫駆除薬で、先生方が校庭に据えた大釜で煮ていました。

これを飲むと効果覿面でした。便所で気が付いたら、回虫が尻からぶら下がっていました。昔は寄生虫との共生が日常でした。

しかし最近この寄生虫が特異的抗体を人間に作り出していることが分かってきました。アトピー性皮膚炎や、花粉症などのアレルギー性疾患は、寄生虫によって免疫ができていたということです。

回虫をおなかに飼っていると良いこともあったようです。蚤や虱もどこかで役に立っていたというのは聞いたことがありません。

 

 

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