« ラクダ岩(戦後の生活・・・シラミ・ノミ・回虫) | トップページ | 井山祐太 2回目の囲碁7冠 »

2017年10月12日 (木)

富幕山(戦後の生活・・・たきぎ造り)

静岡県引佐(いなさ)町の富幕山(とんまくやま)に行って来ました。マツムシソウやノコンギクが咲き、ススキが風になびいていました。

Dsc02743 マツムシソウ

Dsc02735 ノコンギク

Dsc02745 富幕山頂上

一番珍しかったのはアサギマダラの乱舞が見られたことです。

Dsc02748 アサギマダラ

アサギマダラは大型の蝶で長距離を移動することで知られています。日本から南西諸島や台湾まで旅するといわれています。春から夏にかけて南から北へ移動し、秋になると南下するということです。

それまでは、ひたすら栄養補給をします。今日はアザミの花のあるところにたくさん集まっていました。

帰りに新城市冨岡で毎年行われているコスモス園に寄りました。ちょうど満開でたくさんの人が来ていました。

また今はキンモクセイの良い香りが漂っています。

Dsc02753 新城市冨岡のコスモス園

ここからは戦後の頃の生活について書きます。

薪(たきぎ)造り

戦後の頃は、煮炊きは釜土でした。釜土は燃料を確保するのが大変です。ごうかき、枝拾いなどは子供の仕事であり、遊びでもありました。

薪はいつも蓄えておかねばなりません。ときに廃材や丸太が手に入りましたが、主として薪を買ったり、製材で出る端材を買いに行ったりしていました。

当時は製材屋が多く、我が家では高価な薪より、製材の端材を多く買っていました。リヤカーで買いに行きましたが、積みこむのとリヤカーを引くのが大変で、子供皆で手伝っていました。

関連画像端材  ネットで拝借しました

それからが大変です。端材を適当な大きさにノコギリで切ります。これが子供の仕事でもありました。太い端材はなかなか切れません。嫌になってしまいます。

端材を切った後は割って行きます。マキ割は日常の仕事でした。小さな端材は鉈で割れますが、大きな端材はオノ(マサカリ、ヨキ)で割ります。この方が切るよりはかなり面白くやれます。

関連画像オノ  ネットで拝借しました

丸太や大きな薪など割るとき、一回で割れるとスカッとしますが、大抵は食い込んでしまいます。食い込むとオノを外すのに苦労します。

他に燃料としては炭、練炭などあり、七輪(しちりん)で使いました。これは高価なので、特別なときしか使いませんでした。。火鉢やコタツは消し炭(けしずみ)を使っていました。消し炭は消壺(けしつぼ)に入れ使えるようにしておきました。

関連画像 消壺  ネットで拝借しました

薪造りと違うことに触れますが、我が家には大きなノコギリがあります。100年ほど前のものと思われます。おじいさんの時代のものと思われます。

Dsc02728 我が家に残っている大ノコギリ

板を挽くためのノコギリです。ノコギリで引いて行くとき、くさびを入れ引いて行きます。大変さは薪を切る比ではなかったでしょう。

|

« ラクダ岩(戦後の生活・・・シラミ・ノミ・回虫) | トップページ | 井山祐太 2回目の囲碁7冠 »

山歩き」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 富幕山(戦後の生活・・・たきぎ造り):

« ラクダ岩(戦後の生活・・・シラミ・ノミ・回虫) | トップページ | 井山祐太 2回目の囲碁7冠 »