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2017年10月20日 (金)

戦後の生活・・・ラジオ放送

戦後の頃は一家での楽しみと言えばラジオでした。真空管式のラジオでときどき音が出なくなり、叩けば直るという代物でした。

戦後の頃のラジオ放送で特に耳に残っているのが「尋ね人」です。「尋ね人」は第2次世界大戦
で連絡不能になった人の特徴を記した手紙の内容をアナウンサーが朗読する時間でした。
 
昭和19年当時、ハルピンで〇〇に従事していた××さんの消息をご存じの方は、日本放送協会「尋ね人」の係へご連絡下さい。』というような放送が連日されていました。

「尋ね人」は 1946年(昭和21年)から1962年(昭和37年)まで行われました。また、「興安丸」という引揚船が舞鶴に入港というニュースもよく聞きました。

子供向け放送番組として、「笛吹童子」、「紅孔雀」がありました。この放送は夕刻に始まり、遊びの最中の時間でしたが、自分の家に戻って聞きました。放送が終った後また遊びました。

「笛吹童子」は1953年(昭和28年)に、「紅孔雀」は1954年(昭和29年)に放送されました。当ブログは小学校高学年でした。

「笛吹童子」の歌「♬ ヒャラーリ ヒャラリコ ヒャリーコ ヒャラレロ 誰が吹くのか不思議な笛だ・・・」、「紅孔雀」の歌「♬ まだ見ぬ国に住むという 紅き翼の孔雀鳥・・・」、これらの歌は今でも歌えます。

この頃は日の暮れるまで遊んでいました。家から夕飯だという声が掛かり、それで帰りました。
 
 

 

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