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2017年10月22日 (日)

無差別空襲

当ブログは戦争を経験した最後の世代となりつつあります。戦中戦後のことを書いています。

当ブログは戦前に生まれ、敗戦のときは5歳でした。住まいは豊橋と浜松の中間ほどの田舎町に住んでいました。近くの都市では豊橋・浜松 、岡崎が空襲を受けています。

アメリカ軍による日本本土空襲は、昭和19(1944)年末から激しくなり、最終的には無差別攻撃となりました。無差別攻撃は国際法で禁止されています。

無差別攻撃で多くの民間人が殺されています。父親からも戦闘機に狙われたことを聞いています。


「防空壕を出て一人で歩いていると、近くでブスブスと音がした。薄紫のけむりが見えた。咄嗟に地面に身を伏せて助かった。」 この時以外にも、もう1度狙われたそうです。

このような事は他の人からも聞いています
。「明らかに自分を狙って撃って来た。飛行機に乗っている戦闘員の顔まで見えた。」

また近くの現 田原市豊島では、終戦前日に現 豊橋鉄道の渥美線が空襲を受け、乗客15人以上が死んでいます。このことは最近まで詳しく分かっていませんでした。

民間人と分かっているのにアメリカ軍は何故攻撃して来たのでしょうか。当ブログはこれが疑問でした。

しかし、今年8月に放送された戦争番組 NHK BS1スペシャル 「なぜ日本は焼き尽くされたのか」で分かりました。

アメリカはそれまで戦果があがらず焦っていました。そこで無差別攻撃に出、民間人も殺傷し、すべてを焼き尽くす戦法に出たのです。小さな子供までが対照でした。

戦後72年経って知ることも多くあります。戦争で被害者となり、そのことを覚えている人は80歳以上になってきています。今、初めて口を開く被害者も多くいます。

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