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2017年11月21日 (火)

戦後の生活・・・鋳掛屋

戦後の頃わが街にも鋳掛屋(いかけや)が『なべー、かまのー、いかけぇー』というかけ声を掛けながら、回って来ました。

「月夜に釜を抜く(抜かれる)」ということわざがあります。明治、大正から戦後の頃までは、鍋や釜は貴重でした。泥棒が真っ先に狙うといわれるほど高価な物でした。

鍋や釜は補修を繰り返しながら使われていました。その補修を専門に請け負うのが鋳掛屋でした。穴のあいたところや傷んだところに金属を溶かして流し入れ、金槌で叩いて平坦にします。

今ではそうすることはほとんどありませんが、かつてはこの鋳掛けという方法で穴をふさぎ、長く使うのが一般的でした。

鋳掛屋はふいごを持参していました。融点の低い鋳鉄で鋳造された当時の鍋・釜の穴を直すために、鋳鉄片を溶融しうるだけの熱量は、この程度の簡易な装備でも確保できました。

鍋や釜の鋳造技術が未熟であった事が、需要を生み出して成り立っていた商売です。工業が近代化されてくるとプレス加工された安価な鍋が出回るようになり、補修するよりも買い替える方が手軽となりました。

戦後の頃は物を修理して使うのが当たり前でした。他にも修理屋は多くありました。今ではそれらの職種が無くなってしまったり、店の数が著しく少なくなりました。

目立て---のこぎり。  かけつぎ---服。  研ぎ---包丁。  たがの修理---桶・タライ。 歯の交換---高下駄。  骨の修理---こうもり傘。 鉋がけ---まな板。 打ち直し---布団。  仕立て直し---着物。

物を修理して使うということは大事なことと思っています。ノコギリや刃物は今はほとんど交換となっています。衣類も繕うということはほとんどなくなりました。これでよいのかという思いはいつもしています。

  (
ウィキペディア、「昭和に学ぶエコ生活」市橋芳則著、河出書房新社 より引用)

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