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2017年11月28日 (火)

豊橋の鎌倉街道

一昨日普門寺の紅葉を見に行ったとき、収蔵庫のご開帳があり、住職が仏像の説明をしてくれました。その中に頼朝公等身大の不動明王像がありました。

 


下が「普門寺もみじ祭り」のポスターで、写真が不動明王像です。その他にもその下の写真のように、国重要文化財の仏像がありました。

 

 

 「普門寺もみじ祭り」ポスター

書物によると、普門寺は頼朝の叔父によって中興され、頼朝は平家追討の祈祷をして、自分と等身大の不動明王像を造ったとの記述があります。

平家滅亡後、頼朝が上洛する際には普門寺に立ち寄り多くの寺領を寄進し、鎌倉幕府から厚い保護を受けていたことを窺わせる記録もあります。(ウィキメディアより)

 


さて、頼朝が上洛する際に通った道は鎌倉街道と呼ばれています。建久元年(1190)と6年(1195)に頼朝が鎌倉から京への往来に通行したという街道です。

普門寺から弓張山系の普門寺峠を越えて行く道です。下の地図の赤い点線の道です。これを南から北に見ていってみます。今はこの道の一部は無くなっています。

Kamakurakaidou_2

 

 

 

 

 

この道には頼朝公に関わる地名や逸話があります。普門寺から普門寺峠を越え船形山を下ったところに手洗(てあらい)という集落があります。この地名はここで源頼朝が日吉神社を参拝するためでしょうか、手水をしたということです。

 

 

 

 

 

 

手洗の近くに葦毛(いもう)湿原があります。ここで頼朝の愛馬「葦毛(あしげ)」が急死しました。それでその名がついたようです。

 

Dsc02595 葦毛湿原

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また近くに鞍掛神社という名の神社があります。頼朝が鞍を奉納して武運を祈願した神社ということです。

 

Dsc06046 鞍掛神社

 

道は山道となり乗小路峠(のりこうじとうげ)を越えて行くと乗小路に出ます。今はこの下に乗小路トンネルが出来、車が行き交っています。ここに説明版があります。

 

イメージ 6    鎌倉街道表示板

 

 

 

Dsc03837 鎌倉街道説明版

 

乗小路からは、忠興(ただこう)を通り、石巻の和田に出、当古(とうご)で豊川を渡って京都へと向かったようです。

乗小路トンネルは昨年(2016年)に出来たばかりです。掘割ということも考えられましたが、そうするとこの歴史ある道が消えてしまうところでした。

普門寺や普門寺峠辺りにはたくさんの史蹟があります。歴史あるものは大切にして行かねばなりません。

 

 

 

 

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