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2017年12月11日 (月)

戦後の生活・・・風呂

戦後の我が家にも風呂がありました。しかし何時も沸かすわけではありません。燃料や水は貴重でした。

家で風呂を沸かすのは子供の仕事でもありました。当ブログの家は井戸で、釣瓶(つるべ)で水を汲んでいました。大きめのバケツで水を運びます。風呂はそのバケツで5・6回運んだでしょうか。埋める水も用意しておきます。

沸かすのも大変でした。なかなか薪に火が付かず煙にむせながら沸かします。煙突からは黙々と煙が出ています。夕刻になると釜土と両方でどこの家もこのような光景でした。

風呂は五右衛門風呂で底板を沈めて入ります。うっかり底板を沈めないと大変なことになります。鉄の釜に足裏が触れ、やけどです。最初に入る人が底板を沈めます。底板は下でひっ掛けるようになっています。

五右衛門風呂五右衛門風呂  ネットで拝借しました

風呂に最初に入るには気を使います。最初は熱いのです。それがあまり埋めるわけにもゆきません。身を縮めて少しづつ入って行くしかありません。

また風呂場は隙間だらけで風が入り込み、冬は修行のようなものでしたこんなふうで風呂に入るのも楽しくはありませんでした。

身体を洗うにはかなだらい(昔の洗面器)2杯ほどしか使えません。後の人のために長く入っていることも出来ません。また熱いので入っている気にもなりません。

出るときは洗っていた手拭い(タオルはなかった)を絞って身体を拭きます。バスタオルなどしゃれたものはありませんでした。

あまりに冷めると次の人のとき沸かしますが、なるべく家族6人が1回で入ってしまえるようになっていました。後入った方が良いのですが、何か男が先に入るようになっていました。

入り終わったふろ水は洗濯に使ったこともありますし、残しておいて翌日にまた沸かしたこともあります。これは労力が大変というのでなく、水が貴重なからでした。

風呂は何時も沸かしたのではなく、ときどき遊び仲間と銭湯に行きました。銭湯も熱かったですが遊びの続きでした。わいわいがやがや行き、帰ってきました。

そのときから70年経った今は水の量から温度調節までボタン一つです。湯も使いたい放題、これでよいのかと思ってしまいます。水道であれ、風呂水であれ、大切にせねばという気はいつもあります。

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