« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »

2018年1月

2018年1月30日 (火)

富士見岩

湖西市知波田のおちば公園より富士見岩に行ってきました。
 

Fujimiiwa1

冷え込んでいて、家を出るときは気後れしますが、歩き始めると冷気で身が引き締まり、気持ちよく歩けます。

今は草木も枯れていて、見通しがききます。所々で浜名湖が見えます。

1時間で頂上です。富士山は見えませんでしたが、、南アルプスが見えました。

P1300001 南アルプス

浜名湖から太平洋まで見えます。

P1300006 浜名湖 浜名大橋の向こうは太平洋

小学生の団体も来ていました。来た道を戻りました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月23日 (火)

雲谷山、山の喜び

葦毛湿原から雲谷(うのや)山を歩いて来ました。雲谷山はテレビアンテナのある山で座談山の手前の山です。
東京では雪が積もったということですが、豊橋では散らつきもしませんでした。葦毛湿原入口には温度計がつるしてあり9度でした。そんなに寒くありません。
 
50分ほどで頂上です。ここからは富士山は見えません。雑記帳が置いてあり、それぞれ思いが書いてあります
Dsc03902 雲谷山のテレビアンテナ
午後から登りましたが、20人近くの人に逢いました。
 
 
 
別の話になります。山の喜びについて書きます。
 
当ブログが山に登り始めて50年ほどが経ちました。喜寿となった今も登っていますが、やさしい山ばかりです。
 
今では厳しい山に登る体力もありませんが、気力もそこまで伴わなくなり、自然と遠のきました。
 
これまでは新しい山のピークを極めることに喜びを感じ、頂上に着いたときは充実感や達成感に浸りました。もうへとへとでおにぎりも食べられないという山もたくさんありました。
 
苦しいときは“山を歩けることが楽しい”、“一歩一歩が楽しいと思うようにして歩いています。しかしすぐに苦しいことが先に発ってしまいます。
 
 
 
苦労も多いですが山にはそれを越える良さがあります。可憐な花、純白の雪渓、錦のカラマツ林、雪を纏った山、また夜の山小屋では、星が手の届くようなところに見えます。
 
稜線に出て、風に当たるときは、何にも勝る爽やかさがあります。そして遥かな山々を眺めていると、実に心が安らぎます。それは科学的に証明されているようです。脳にある分泌物が生じ、気持ちを安らかにさせるようです。
 
雑木林を抜け、松風の音を聞き、遥かな山を目指して歩いているときが無上の喜びですが、今はほとんど里山ばかりとなりました。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月20日 (土)

東山、大寒

今日は大寒です。葦毛(いもう)湿原から二川の東山に行って来ました。駐車場はいっぱいの車です。

Higasiyama_imou

葦毛湿原を突っ切って行きます。葦毛湿原は枯れ野となっています。50分で頂上に着きました。東山は松明峠(たいまつとうげ)とも言います。

Dsc06456 頂上

Dsc01488 東山頂上

山に入ると車ほどに人はいません。分散してしまうからでしょう。寒さはあまり感じませんでした。

大寒について書きます。大寒は年によって日が違います。今年は1月20日です。

大寒とは、一年で最も寒い時期という意味ですが、実際には一週間ほどズレがあります。

大寒は、小寒(1月5日)から数えて15日後で、小寒から立春(2月4日)までの30日間を「寒の内」といいます。

古くから寒は俳句に読み込まれてきました。それらの俳句の中から2・3挙げてみます。

大寒の 大々とした 月よかな     小林一茶

薬飲む あとの蜜柑や 寒の内    正岡子規

声氷る 庭の小鳥や 寒の雨      正岡子規

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月19日 (金)

吉祥山、囲碁棋聖戦

吉祥山を歩いて来ました。沢沿いに行くBコース登山口から登りました。Kitijoubkosu
明日は大寒ですが、それほど寒くはありません。氷はどこにも見られません。50分ほどで頂上に着きました。
今の季節、富士山が見られることが多いですが、雲があります。明神山も霞んでいました。

Dsc00323 吉祥山頂上

冬山を楽しんでいる人6人ほどに逢いました。

囲碁の話をします。昨日今日と棋聖戦が行われています。棋聖戦は2日間に渡って行われ、囲碁界最高の棋戦です。

井山は七大タイトル(棋聖、名人、本因坊、王座、天元、碁聖、十段)を独占しており、棋聖は5連覇中です。棋聖戦は今年最初で、これから7冠の防衛線が始まって行きます。

棋聖戦は7戦行われますが、早く4勝した方が勝ちです。今年の相手は一力遼です。恐ろしく強い相手です。昨年末に行われた王座、天元タイトル戦の相手も一力遼でした。一力はこれで3回連続してタイトル戦に挑戦することになります。

井山は28歳、一力は20歳、若手同士の対戦です。7戦まで行けば3月15日までかかります。今日は第1戦 今は16時で、ネットのライブ中継を見ていますがもう何が何だか分かりません。

この決着の付くのは夜になると思います。決着したときまたお伝えします。

追記

19:45頃 井山の中押し勝ちとなりました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月18日 (木)

深田久弥の詩

深田久弥は自らの足で登り、百山を選びました。これが「日本百名山」です。
田久弥が愛した詩や作った詩をとり上げてみます。
 
 
 
 
  
 
・ 北に遠ざかりて雪白き山あり    (平家物語) 
 
これは深田久弥の詩ではありません。深田久弥はこの詩を愛し、よく揮毫しました。
 
平家物語巻十 海道下り に出て来る南アルプス赤石岳付近です。1の谷合戦で俘虜となった平重衡が護送され、途中の戸越で白銀の南アルプスを見るシーンに出てきます。
 
 
 
・ 山の茜(あかね)を顧みて  一つの山を終りけり 何の俘(とりこ)のわが心  早も急(せ)かるる次の山       (深田久弥)
 
未丈ケ岳登山の折 越後駒ケ岳をかえりみながら、枝折峠(しおりとうげ)を下ったときに歌ったと思われます。
 
 
・ 百の頂に百の喜びあり       (深田久弥)
 
原文はゲーテの詩 「なべての頂に憩いあり」をもじったもので、よく揮毫しました。
 
 
・ 剣なる 大窓 小窓 風薫る     (深田久弥) 
 
・ 頂の静寂に在り秋天下        (深田久弥) 
 
深田久弥は俳句も詠んでいます。俳号は深田九山と言いました。
大窓 小窓は剣岳尾根のキレットを言います。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月13日 (土)

五葉城址、シモバシラ、センター試験

今朝は冷え込んだのでシモバシラの霜柱が見られると思い、大原調整池に行ってみました。11時近くでしたが成長した霜柱が見られました。

Dsc00291 シモバシラの霜柱

これは植物のシモバシラが水分を吸い上げ、このような霜柱が見られます。この植物独特です。

Dsc00292 シモバシラの霜柱

今日は地元ボランティアによるコーヒーサービスも10時ころまであったようです。

次に富士山を見に五葉城址まで行って来ました。林道を登って行きます。

 Oohara2

 50分ほどで五葉城址に着きました。雲一つない晴天です。富士山や南アルプスが見えました。

Dsc00305 五葉城址

Dsc00300 富士山

 Dsc00301 南アルプス

Minami_2

写真の南アルプスは70歳の時に歩き、まだ記憶も新しいです。も無く絶好の山歩き日和でした。

今日はセンター試験1日目です。昨年は年に一度の大雪でしたが、今日は快晴です。受験生の皆さんには一番良い状態で受験してもらいたいと思っています。

今朝も女子高校生が3人しっかり防寒をして、結構明るく受験に向かう姿を見かけました。受験生の皆さんには、悔いのない力を発揮され、センター試験が無事終了することを願うばかりです。

寒さを共有し、エールを送ります。受験生の皆さん頑張って。

石油ファンヒーターが故障しました。点火してすぐに消え、これを繰り返します。E02が表示されます。ダイニチの製品で02年製なので古いと言えば古いです。

パソコンで調べました。どうやらセンサーがシリコーンで覆われ動作不良になっているとありました。このセンサーの棒を紙やすりで磨けばよいということです。早速行ってみると無事解決しました。

シリコーンで覆われるということは部屋でシリコーンを含む製品(ムース、枝毛コート剤、ガラスクリーナー、制汗剤、つやだ出し剤、化学ぞうきんなど)を使うとそのようになるということです。

センサーのある場所は外蓋を外した中にあります。消える理由は他にもあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月12日 (金)

座談山(スキーの想い出)

葦毛(いもう)湿原から座談山を歩いて来ました。
Zadanyama271

50分ほどで座談山頂上に着きました。富士山が見えました。冬は富士山が見えるというご褒美があるので、楽しみにして歩けます。

Dsc01445 富士山

 

今日は.「スキーの日」です。スキーにはいろいろな想い出があります。昨年も.「スキーの日にブログを書いているので重複しないようにします。

スキーは20代から40代くらいまでは一番の趣味でとにかくよく行きました。職場の仲間に連れて行ってもらったのが最初です。

基本だけ教わり、いきなり高いところに連れて行かれびっくり、雪と格闘し降りて来ました。こういうことが上達にも役立ったと思っています。

初めの頃はまだ車の時代ではなく、電車で行っていましたが、すぐに車の時代となり、それからあとは車ばかりでした。その頃はスキー場も少なく、遠くまで行きました。

しかし、高速道路はなく一般道ばかりでした。もちろんカーナビなどありません。道路標識が頼りです。チェーンを付け、スキー場近くは渋滞となり、時間が掛かりました。

晴れているときのスキー場は素晴らしいです。真っ白な雪の向こうに青空があり、その中に雪を被った山々が見え最高の景色です。

逆のことも多くあります。寒風にさらされリフトで着いた山は吹雪、どちらに滑ったらよいのか分かりません。こういう時遭難が起こりやすくなります。反対側に下りると大変です。

スキーは上達したいという思いが何時もありました。パラレルですいすいと滑って行く人は憧れの的でした。パラレルで曲がりたいのですが、いつもテールが開いてしまいました。結局我流が染みつきパラレルターンは出来ずに終わりました。

違ったスキー場に行くことも面白く、岐阜・長野のスキー場にはほとんど行きました。狭い林間の道を行くこともありましたが、今ではよくぞ行ったと思います。

スキーも40代には子供を連れて毎年定まった仲間で、戸苅スキー場に行っていました。民宿では暖かい料理を食べ、子供はそれぞれ遊び、親は遅くまで麻雀をしました。子供にしてやることが出来たのはこんなことぐらいかもしれません。

スキーも40代半ば頃でパタッと辞めました。後は山行きに変わって行きました。.「スキーの日」に因み、お粗末な想い出を書きました。

この歌が好きなので、また「シーハイルの歌」をアップしておきます。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月11日 (木)

歌・浜名湖・山(清水みのる詩集)

当ブ グの好きな歌に田端義夫の「かえり船」「ふるさとの燈台」があります。

「かえり船」のレコードは、昭和21年に発売され、引揚者の心情を歌いました。引揚とは終戦後、海外に残された日本人の帰国を言います。以前のブログに書いております 

「ふるさとの燈台」のレコードは昭和27年に発売されました。この燈台は御前崎燈台のようです。「ふるさとの燈台」の歌碑があるということです。
 
さて、この歌詞の作成者は両方とも「清水みのる」です。「清水みのる」は明治36年、浜松と舘山寺の中間位にある旧伊佐見村に生まれ、こよなく浜名湖を愛しました。昭和54年76歳で他界しました。
 
「清水みのる」の作品は他に「別れ船」、「星の流れに」、「月がとっても青いから」、「森の水車」など全作品2000余あります。
 
浜名湖をうたった詩もたくさんあります。昭和50年に「わが浜名湖 清水みのる詩集」を出しております。当ブログはたくさんの本を処分しましたが、これは残しておりました。

Dsc00289 清水みのる詩集

 
この詩集には浜名湖を歌った43編の詩が収められています。浜名湖以外の詩はありません。出てくる地名は知っているところばかりです。
 
この詩集は昭和43年~46年頃の作品と思われますが、当ブログが浜名湖に慣れ親しんだときと同じです。
 
里山に登り富士山や南アルプスは見えない時が多いですが、浜名湖は何時もどの山からも見えます。ほっとした気持ちになります。頂上から三ケ日、知波田、新居、弁天島、舘山寺、村櫛、細江などの地を確かめています
 
P1210067浜名湖

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月10日 (水)

神石山(戦後の生活…「あたらしい憲法のはなし」教科書)

今年初めて山歩きをしてきました。家から近い神石山です。

Kamiisitearaioufuku
松林の登山道を登って行きます。松葉が2・3cm積もっています。これを見ると「ごうかき」をしたことをいつも思います。

Dsc00281 松の落葉の積もる登山道

松葉が引っ掛かった木があります。オブジェのように見えます。1本1本手で乗せるとしたら大変です。

Dsc00288 松葉が引っ掛かった木

40分で頂上です。雲があって富士山は見えません。1人が浜名湖を見ながら食事をしていました。

Dsc00287 神石山頂上

ここから別の話になります。

戦争は昭和20年(1945年)8月に終わり、当ブログの小学校入学は昭和22年(1947年)4月でした。新しい教科書でした。

この年、中学1年生用社会科では「あたらしい憲法のはなし」という教科書がありました。昭和22年8月に文部省により発行されました。

Dsc00276 「あたらしい憲法のはなし」教科書

15章からなり、日本国憲法の精神や中身がやさしく解説されています。所々に挿絵があります。

Dsc00278_2 「あたらしい憲法のはなし」教科書 挿絵

 

Dsc00277_2 「あたらしい憲法のはなし」教科書 挿絵

 

Dsc00279_2 「あたらしい憲法のはなし」教科書 挿絵

しかしこの教科書は昭和27年から発行されなくなりました

それは昭和25年に朝鮮戦争が勃発し、自衛隊の創設や安保体制で「あたらしい憲法のはなし」 に合わなくなり、使われなくなりました。

この憲法は崇高な理念を持っています。憲法を変えるのか、この憲法のようにして行くのかですが、小さな星の地球に住む人が平和で平等であることを願うばかりです。

 

 「あたらしい憲法のはなし」はネットhttp://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.htmlで見ることが出来ます。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 8日 (月)

鏡開き

鏡開きの日は1月11日です。これは毎年変わるものではなく、どの年であっても同じです。しかし 当ブログの神社では、今日鏡開きを行いました。

鏡開きとは神様にお供えした鏡餅を食べることを言います。これは日本の風習となっており、食べることに意味があります。 

日本では、古来から神様にお供えした物を食べるのは、神様との繋がりを強め、神様の力を頂けると考えられて来ました。 

今日は氏子から奉納された鏡餅を割り、お汁粉に入れて地域の人たちにふるまってきました。鏡餅を割るのが堅くて大変でした。鏡餅は堅物の代名詞にも使われます。 石部金吉鋼太郎鉄壁去年の鏡餅(いしべきんきちはがねのたろう てっぺきこぞのかがみもち) 

大鍋に2杯作りました。汁粉づくりも板について来ました。接待も係5人で行います。男ばかりで華やかさはありません。

生憎と雨で昨年より出足が悪かったですが、おいしく食べてもらいました。何でも大鍋で作るとおいしくなります。

今は寒の季節、熱い 甘いお汁粉に餅、よく合います。季節を感じる良い風習です。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 7日 (日)

井山 国民栄誉賞、七草粥

囲碁の井山祐太の国民栄誉賞受賞が決定しました。朝日新聞の記事は次のようでした。
 
政府は5日、将棋で史上初の「永世七冠」を達成した羽生善治氏(47)と囲碁で2度目の七冠独占を果たした井山祐太氏(28)に対する国民栄誉賞の授与を正式に決定した。棋士の受賞は初めてで、表彰式は2月13日に首相官邸である。
  

羽生氏は1996年に囲碁・将棋界を通じて初めて七つのタイトルを独占。昨年12月には通算7期目の竜王となり、全てで永世称号を保持する「永世七冠」資格を史上初めて獲得した。 

井山氏は2016年に囲碁界で初めて七大タイトルを独占。名人位を一時失ったが17年に奪還し、囲碁・将棋界で初の2度目の七冠独占を達成した。 

国民栄誉賞は77年に創設。「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったもの」が対象で、過去に23人、1団体が受賞している。

井山祐太についてはこれまでブログに6回(カテゴリー囲碁)書いて来ました。国民栄誉賞受賞はうれしい限りです。井山からはたくさんの楽しみをもらってきました。

井山は、囲碁の国際棋戦 LG杯 朝鮮日報棋王戦 で決勝進出を決めています。LG杯の決勝3番勝負は今年2月に行われ、謝爾豪五段(中国)と対戦します。

これまでも井山の強さは驚異的で人間業ではないと思って来ました。井山の1ファンとしてこれからも応援し続け、楽しんで行きたいと思っています。


別の話になります。
日は瞬く間に過ぎて行きます。松の内も今日まで、今日の朝食は七草粥をいただくというのが習わしでした。しかし時代は移り変わっていて、松の内も七草粥も遠ざかりつつあります。

因みに七草は “セリ ナズナ ゴギョウ ハコベラ ホトケノザ スズナ スズシロ これぞ七草” などと短歌調で覚えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 6日 (土)

年末年始

昨年まではブログもホームページも山歩きを中心に書いて来ましたが、遠くの山も行かなくなり里山ばかりです。同じ山に何回も登っています。

ブログも変わり映えしない内容ばかりとなり、今年からは山のこと以外にも、日常の事柄やその他のことを書くことにしました。


早速ですが今日は年末年始のことを書きます。

当ブログは神社の氏子総代をしております。今年で3年目となります。年末年始は神社で迎えています。

夜中12時の初詣を迎えるときには、長い行列ができます。たいへん寒い中ですが長い時間待ってくれています。

当ブログも袴姿で外に立ち、参詣者を迎えることにしております。行列が解消するのは2時間ほどです。たいへん寒いですがまだよい方です。
 
それは焚火をしてくれているからです。その係の人たちが途切れることなく大きな材木を燃やしてくれています。

ささやかなお年玉があり、お神酒、甘酒を振る舞います。また多くの人が氏神様のお札を求めていってくれます。
 
この1年幸多かれと祈るばかりです。

神社の方は3日の午前中で一段落し、正月で来ていた孫とうなぎを食べに行きました。その店ではうなぎ品切れ直前で、最後の客となりました。これも神社お務めのご利益だったのでしょうか。

山の頂で初日の出を見るということは、まだ数年後になりそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »