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2018年2月22日 (木)

赤岩尾根ピーク、戦後の生活・・・もちつき

豊橋多米の赤岩寺から、鉄塔沿いの道を登って赤岩尾根のピークまで行って来ました。この道は送電線の下なので、木が切られて日が当たり、風も遮られるので冬にはのんびりゆったり歩けます。 

Akaiwatettouisshuu

45分でピークに着きました。ここからは富士山は見えませんが南アルプスや中央アルプスは見えます。

Dsc00470 鉄塔のあるピーク

Dsc00465 南アルプス

Dsc00467 石巻山の向こうに中央アルプス

このピークは以前には三河富士と呼ばれていることもあったようですが、とてもそのようには見えません。派生尾根の小さなピークです。

別の話になります。

戦後の頃は家でもちを搗きました。12月29日は苦餅といって避け、30日に搗きました。この日になると他の家でも、もちを搗く音が聞こえて来ました。
 
もちを搗くのは準備も大変なことでしたが、毎年当たり前のこととして行っていました。餅つきはわが家では当ブロブが小学生であったころまで行い、やがて行わなくなりました。餅つきのやり方を順に書いてみます。
 
①まず前日にもち米を水に浸しておきます。もち米は炊くのでなく、蒸すので柔らかくしておくためです。翌日もち米をザルに挙げます。

②釜土の釜にたっぷりの湯を沸かし、その上にせいろを3段程重ねておきます。釜土では薪をどんどんくべて行きます。1せいろは2升程でした。
 
かまど.jpg釜土  ネットで拝借しました

③土間に臼と杵を用意しておきます。せいろに一番上まで湯気が上がってくると蒸されたことが分かります。一番下のせいろの米を温めておいた臼に移します。
 
④はじめは「小搗き」を行います。これを行わないと米の粒が飛び散ってしまうので、ある程度もち状態にしておきます。臼の周りを回りながら行います。
 
小搗き  ネットで拝借しました

⑤いよいよ餅つきです。杵を高く振り上げて搗きます。“取り手
は外側から中へまとめるようにして餅を返して行きます。大変熱いので手に水を付けながら行います。我が家では“搗き手を父親、“取り手を母親が行っていました。当ブログも両方やってみましたが長続きしませんでした。
 
⑥搗き上がった餅は粉を広げた台の上に載せます。ここからいろいろな餅に仕上げて行きます。お供え用の餅、あんころ餅、安倍川餅、大半は伸し餅です。子供も行いました。

⑦伸し餅は10臼以上は作りました。その頃は何でもたくさん作ったものです。翌日に切ります。

⑧餅はその他にも、臼から直接千切って取ったみずとり餅、ヨモギを入れたよもぎ餅
、搗くときにいろいろなものを混ぜたかき餅なども作りました。
 
正月後も長い間餅を食べることが出来ました。あんころ餅もたくさん作ったので、火鉢で焼き頬張りました。かき餅は硬くなるまで置き、火鉢で焼いて食べました。
1年に1度だけの行事で子供は楽しみでした。年末の忙しいときによくぞ続けてきたと思います。

今では行事等で行われているところもありますが、続けている家は少なくなりました。我が家も最近まで臼と杵が残っていましたが処分してしまいました。

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