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2018年3月 2日 (金)

ラクダ岩、舞鶴引揚記念館(2)

湖西市梅田峠からラクダ岩を一周して来ました。

Toyohasiumeda3

登山口の新池は少し水が溜まりかけていました。昨日雨が降ったからでしょうか。一昨日は全く水がありませんでした。

Dsc00506 水が溜まりかけた新池

梅田峠からいつも行く道と違う林道をラクダ岩の方へ歩きました。40分でラクダ岩に着きました。富士山が霞んでやっと見えました。

Dsc00508 富士山

Dsc00509 浜名湖

ラクダ岩からはいつもの道を下り一周して来ました。

別の話になります。

2015年12月28日のブログに舞鶴引揚記念館について書きました。舞鶴引揚記念館の訪問者数は1991年に20万人を越えていたが、2012年には7万人を割った という新聞記事を書きました

訪問者数がたいへん減っていることに対し舞鶴市は、記念館をリニューアルし、“保存から発信へと梶を切って行くように計画している と発表していました。そのことがその後どうなったか大変気掛かりでした。戦争遺産に関心が薄れて行くのか心配でした。
 
昨日(2018年3月1日)の中日新聞夕刊にそのことに関する記事がありました。「舞鶴記念館 新装へ シベリアの苦難 肌で」というタイトルでした。
 
「シベリア抑留の関連資料を保存する京都府舞鶴市の“舞鶴引揚記念館”が改装と増築工事を終え、4月24日にリニューアルオープンする。・・・・
引揚記念館は市が88年に開設した。91年に20万人を越えていたが、12年には7万人を割りこんだが、世界記憶遺産に登録された15年には13万人を超えるなど、再び関心が高まりだしている。・・・・」
 
来月いよいよリニューアルオープンです。前の舞鶴引揚記念館のブログから2年余りです。とにかく記念館が再オープンされることはたいへんうれしいことです。
 
リニューアル事業は館内の改装と増築をし、抑留生活体験室も作ったということです。機会があれば当ブログも是非再訪問したいと思っています。

戦争は年々風化され、遠ざかっています。当ブログは戦争を知る最後の世代となりつつあります。戦争のことを少しでも伝えねば と言う気持ちがあります。
 
戦後の頃のラジオ放送で「尋ね人」がありました。 また、引揚船の「興安丸」が舞鶴港に入港したというニュースもよく聞きました。
戦争による苦しみと悲しみ、平和の尊さを忘れ去ってはなりません。
 

 

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