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2018年3月20日 (火)

戦後の生活・・・水路・河口・湖の魚

戦後はとにかく食料がありませんでした。子供の頃は食べ物を獲りに行くことが遊びでした。その頃は農薬も無く、山、川、湖、野原、田んぼも自然が一杯でした。

田んぼは水路が造られており、水路にはメダカ、小ブナ、ドジョウなどの魚がいました。水路は細く浅かったので遊べました。これらの魚を獲るには石箕いしみ)を使いました。簡単に獲れます。

 石箕  ネットで拝借しました

水路に入れた石箕を浚うように動かして掬うと獲物が入ります特に食料となるのはドジョウでした。

田んぼにはタニシがおりました。大人も子供も一緒になって獲りました。田んぼに穴があり、そこに手を入れるとタニシがいます。たくさん獲ることが出来ました。味もよかったように思います。

 タニシ  ネットで拝借しました

川や湖には小ハゼ、ブシなど小魚がいましたが、これは全くの遊びで、子どもでも飽いてしまうほどの小魚でした。ミミズで釣っていました。

四手網(よつであみ)でこれらの子魚を獲っている人もいました。たくさん獲って佃煮にしているようです。

四手網  ネットで拝借しました

河口では刺し網でハゼ、羊歯の束を沈めておいてモエビを獲りました。これは父親と和船で行きました。夕方仕掛けをしておき、翌日揚げに行きました。

ハゼは網の目の大きさのハゼが掛かるので大きいのが揃っていました。モエビもまとまって獲れ、これらはごちそうになりました。

他に竹の筒を沈めておきウナギを獲っている人もいました。シジミは誰でも簡単に獲れました。その頃は漁業権もありませんでした。

川は決してきれいではありませんでした。生活排水が流れ、ゴミも平気で捨てられるような時代でした。それでも魚がいました。汚れているなりに調和は保たれていたようです。

 

井山は一昨日のNHK杯囲碁トーナメント戦で昨年に続き優勝しました。NHK杯連勝は4人目ということです。

しかし、昨日行われた国際棋戦第2回ワールド碁チャンピオンシップ決勝戦では韓国の朴九段に敗れ初優勝を逃しました。

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