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2018年4月25日 (水)

戦後の生活・・・祖母の思い出

祖母は明治14年生まれで昭和28年71歳で亡くなりました。当ブログが中学1年のときです。もう64年が経ちました。当ブログは男の初孫ということで特に可愛いがられました。
 
小さい頃は“目に入れても痛くない”ほど可愛かったようで、また自分もおばあさん子でした。そんな中で祖母から教えてもらった歌があります。「籠の鳥」でした。
 
1.逢いたさ見たさに 怖さを忘れ 暗い夜道をただ一人
 
2.逢いに来たのに なぜ出て逢わぬ 僕の呼ぶ声 忘れたか
 
3.あなたの呼ぶ声 忘れはせぬが 出るに出られぬ籠の鳥
 
4.籠の鳥でも 知恵ある鳥は 人目忍んで 逢いに来る
 
5.人目忍べば 世間の人は ・・・・・・・・
 
以下13番まで続く歌です。4番くらいまでは歌えます。この歌は大正から昭和にかけて流行った歌のようです。
 
この歌を歌うと「こんな歌 歌うもんじゃない」と母親から叱られました。リンクした歌のコメントにもそのようなことが幾つか見当たりました。
 
なぜそのように方々で言われたのか、どうやらこの歌には退廃的ということで発禁の経緯があったようです。
 
祖母はおおらかのようでした。当ブログもこの歌は好きです。祖母にまつわる懐かしい想い出の歌です。
 
追記
 
この歌の作曲者は鳥取春陽で「シーハイルの歌」の原曲「浮草の旅」の作曲者ということを他のブログより初めて知りました。 

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