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2018年4月20日 (金)

神石山、戦後の生活・・・兎のえりまき

湖西市の梅田から神石山に登ってきました。季節も移り変わり、緑が濃くなってきています。登山口はふじがちょうど見頃です。 

Toyohasiumeda

 

Dsc00936 登山口のふじ

新池は工事が終わり、満々と水を蓄えていました。これは灌漑用の池です。

Dsc00937 新池

緩やかな登山道を行くと仏岩があり、ラクダ岩があります。これらを迂回して頂上に着きました。1時間10分でした。

Dsc00939 神石山頂上

富士山は霞んでいて全く見えなくなりました。時折吹く風が心地よく感じました。下りも来た道を戻りました。

戦後の小学校低学年の時のことを書きます。家から30分ほど離れた所に神社がありました。御神明様(おしんめいさま)と呼んでいました。

正月にはお参りに行きます。その時は祖母、小学校高学年の姉、妹の4人で行きました。たいへん寒く姉は着物を着ていたので頭と尻尾の付いた白いうさぎのえりまきをしていました。

こんな感じの白い兎のえりまきでした   ネットで拝借しました

写真ほど上等なものではありませんでしたが、途中から当ブログがしていました。そのえりまきを途中で無くしてしまいました。神社の池を歩いているときは確かにありました。

家に帰ってきて無いことに気付きました。母親はその時は強く叱りませんでしたが、残念がっていました。そしてすぐに探しに出掛けました。

もう1時間近く経っているので、皆ほとんどあきらめかけていました。しかし母親は1人で出掛けて行って見付けてきました。

池の近くで見つけたということです。よく正月の混んでいるときに見つかったものです。びっくりしました。この時は母親の執念みたいなものを感じました。流石母親です。

神社はときどき遊びに行きました。椎の実を拾ったり、池の亀を見に行ったりしました。池に落ちると引き込まれて出てこれないとか言われておりました。神社の大きな木の遥か上の分岐には瓶が乗せてあり何か神秘でした。御神明さまは何かと楽しい遊びの場所でした。

 

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