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2018年5月 3日 (木)

石巻山、戦後の生活・・・運搬・渡し舟・和舟

石巻山を歩いて来ました。オドリコソウがまだ咲いているかと期待して行きましたが咲いていませんでした。
 
下の写真は4月16日に行ったときのオドリコソウです。笠をかぶった踊り子が輪になって踊っているように見えます。石巻山は田中澄江の「花の百名山」に入っています。
 

P4160009オドリコソウ

P4160006 オドリコソウ

石巻山は石灰岩の山で洞窟や石のオブジェが見られます。

Dsc01052_2 蛇穴

Dsc01051_2 蛇穴説明

30分で頂上に着きました。四方が見渡せます。

Dsc01055_2 豊橋市街

今日は憲法記念日です。雨あがりの大変滑りやすいときでしたが家族連れも来ていました。

別の話になります。

運搬・渡し船・和船

戦後の頃、運搬は人の力あるいは動物の力でした。農家では牛車が多く使われました。牛は田起こしにも使われました。馬車屋は馬で運搬していました。
 
一般家庭での運搬は大八車、乳母車、リヤカー、自転車などでした。また我が街は湖の近くだったので和船のある家も多くありました。
 
「大八車」の画像検索結果 大八車  ネットで拝借しました
 
運送業者はトラックや乗用車がありましたが、まだ数も少なく限られていました。海を利用しての運送業者はトンコ船でした。普段は砂など運んでいましたが、遠足のときにはトンコ船で行くことが多くありました。
 
湖には渡し場がありました。湖の幅の狭くなっている“瀬戸では手漕ぎの舟で渡しをしておりました。渡し船は時間は掛かりますが、櫓の音を聞きながら、ゆったりした気分で渡りました。当ブログの好きな童謡の「船頭さん」と同じような光景でした。
 
「和船」の画像検索結果 和船  ネットで拝借しました
 
我が家には和舟はありませんでしたが、隣の家の舟を借りたり、仲間の舟で沖に出たりしてよく遊びました。舟は自然に漕げるようになりました。櫓をこぐのは技術が要りますが、そこが面白い所でもありました。
  
湖では帆掛け船もあり、浜名湖の魚を獲っていました。戦後はレジャーの余裕など全くない時代でヨットやボートなどは見掛けませんでした。やがて船外機の時代となって行きました。

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