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2018年6月 9日 (土)

豊川海軍工廠平和公園

今日6月9日、豊川海軍工廠跡地に「豊川海軍工廠平和公園」が開園されました。当ブログはこれまで豊川海軍工廠については見学会、工廠展など1回2回3回4回 書いて来ました。

Toyokawakaigun

戦中、豊川市には豊川海軍工廠(こうしょう)がありました。当時は東洋一の兵器工場と言われました。今は上の図のように工場・自衛隊などに変わりましたが、名古屋大の広い一角はそのまま残されています。

名古屋大の一角に「豊川海軍工廠平和公園」が開園されることになりました。計画があったときから当ブログも楽しみにしておりました。

当ブログは昭和15年生まれで戦前戦後を知る最後の世代となりつつあります。何とか戦争の悲惨さ、苦しみを伝えて行かねばという思いがあり、ホームページにも 戦中戦後の出来事戦中戦後の生活 のカテゴリーを設け書いて来ました。

さて豊川海軍工廠の概要に付いては以前にも書いていますが、もう1度を書きます。「ガイドブック 豊川海軍工廠」より抜粋しました。

『豊川海軍工廠とは「豊川にある海軍の工場」という意味です。豊川海軍工廠は、海軍兵器の生産を目的として、昭和14年に宝飯郡の豊川町・牛久保町・八幡(やわた)村にまたがって建設されました。直後に合併し豊川市となっています。

機銃、弾丸、高角砲、双眼鏡などを生産し、東洋一の兵器工場とも言われました。多いときには6万人ちかい人が働き、徴用工員や動員学徒が8割を占めました。
 

 

昭和20年8月7日の米軍B29爆撃機などによる空襲で壊滅的な被害を受けました。空襲はすさまじいもので、2,500名以上の人が犠牲となりました。死者の中には国民学校の児童生徒や女子挺身隊(軍需工場などの兵器生産に従事した25歳未満の女子)もいました。』

10時に開園され、さっそく行って来ました。「豊川海軍工廠平和公園」には、第1火薬庫、第3信管置場、防空壕跡、街路灯など残され、平和交流館が新設されました。

Dsc01255 豊川海軍工廠平和公園

これらの建物は以前の見学会のときも見ていますが、傷みの激しいところなどは手が加えられています。

第1火薬庫はコンクリート造の構造体に土をかぶせられて造られました。

Dsc01267 土をかぶせた第1火薬庫

Dsc01275 第1火薬庫入口

Dsc01274 第1火薬庫内部

第3信管置場は爆発事故が起きた際に周りに被害を出さないよう、建物の周囲に土塁を設けています。

Dsc01282 土塁のトンネルを通り中に入ります。このトンネルも当時のまゝです。

Dsc01284 土塁の上から見た第3信管置場

Dsc01289 第3信管置場内部

公園内には防空壕跡や当時使用されていた街路灯も見られます。

Dsc01296 防空壕跡

Dsc01268 街路灯

平和公園には新しく豊川市平和交流館が設けられ、海軍工廠の歴史や戦争遺跡の解説・展示、映像の視聴など行われています。

Dsc01261 豊川市平和交流館入口

Dsc01263 平和交流館内部

以前見学したときは荒れ放題でしたが、かなり手が加えられていました。豊川海軍工廠の戦争遺跡はまだほかにも多くあります。

大変貴重なものが出来ました。平和の尊さを学ぶ場として活用され、多くの人が訪れることを願っています。

ここから5分くらいの所に赤塚山公園があり、しょうぶが見ごろなので寄ってみました

Dsc01302 赤塚山公園のしょうぶ

Dsc01303 赤塚山公園のしょうぶ

Dsc01301 赤塚山公園のしょうぶ

 

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