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2018年6月25日 (月)

富幕山、戦後の生活・・・電話機

浜松市引佐町の富幕山(とんまくやま 563m)に行って来ました。いつもの奥山高原から登ります。

Tonmakuyama

登山道にはいくつかの花が見られました。ササユリはもう遅いと思いましたが20本ほど咲いていました。

Dsc01357 ササユリ

Dsc01352 オカトラノオ

Dsc01356 ウツボグサ

頂上には50分で着きました。きょうは浜名湖が大分霞んでいました。今年3月に展望台が出来、浜名湖が一望できるようになりました。

Dsc01358 浜名湖

ここらでは1番高い山なので高原気分が味わえ、入れ代わり人が来ています。もう夏に入り汗が流れました。
別の話になります。

戦後の頃は電話のある家はほとんどありませんでした。当ブログが初めて電話を掛けたのは小学校高学年の頃で、電話を掛けると先ず郵便局の交換台がでます。

そこで相手先の番号を伝えると、交換手が交換台でジャック(ひも回線)を相手先に接続する仕組みになっていました。

電話機 ネットで拝借しました

電話機ははじめは壁掛け型でしたが、卓上式になって行きました。市外への通話は時間が掛かり、しばらく後に接続の連絡が入りました。

交換手は女性の職業とされていました。以前に書きました「北のひめゆり事件」(真岡郵便電信局事件)も電話交換手で、戦争の犠牲となりました。

交換台 昭和30年頃     ネットで拝借しました

やがて交換手の過重、秘密保持などから自動交換機の時代となりました。郵便局での手動交換から自動交換と移って行きました。

昭和30年頃になると電話も普及してきて、設置を申し込んでも1年以上待たねばならぬ状態でした。

スマホを先日買いました。違いに改めて驚いているところです。1年以上も待たなければならなかった電話も、売らんかなという時代です。時代の違いを感じています。

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