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2018年6月27日 (水)

山行き 交通

今では里山ばかりで厳しい山に行くことは無くなりましたが、山は800座ほど登っています。その時の交通について書きます。交通は経費節減をいつも考えました。

 マイカーで行くことが圧倒的に多かったですが、北海道・九州・東北北部は飛行機で行きました。飛行機は10回以上使いましたが、旅行代理店は使うことなく直接予約ばかりでした。

その頃はJALは超割、ANAはバーゲンがあり、1/3ほどの運賃でした。平成20年からこれらはなくなりました。平成19年に登った最後の100名山トムラウシのときまでありました。

しかし飛行機の予約を取るのは大変なことでした。2ケ月前の定まった時間に売り出されます。パソコンの前で、その時間にキーを押すのを待ち構えています。

その時間になると申し込みが殺到し繋がりません。何度もそのようなことがありました。時間が遅くなると売れ切れてしまいます。取れた時はホッとします。

礼文・利尻へ行ったときは稚内空港まで行くつもりでしたが取れず、旭川空港からレンタカーで稚内まで行きました。飛行機のときはその後の交通は全てレンタカーを使いました。

レンタカーもパソコンで安いところを探しました。屋久島のときは軽の予約でしたが、スーツを着た美しい女性が安房港へ来ていました。大きな会社と思いきや、事務所は小屋のようなところで、その女性がすべて一人で行っていました。お値打ちに借りられました。

ほとんどの山はマイカーで行きました。縦走などできずまたその登山口に戻って来なければなりませんでしたが、その頃は目的がピークハントでしたのでそれでよかったのです。

マイカーでは高速道路を利用しましたが、夜間割引や通勤割引の時間帯を利用しました。高速代とガソリン代はかなりの金額となりました。

車もなるべく長く乗り続けました。今の車の前のラッシュ(トヨタ)は18万km、その前のCRV(ホンダ)は27万km、その前のクレスタ(トヨタ)は17万km乗りました。

07125_271036kmCRV(ホンダ)の走行距離

宿泊もなるべく節約しました。山小屋はもう寝られるだけでありがたいと思っていました。1畳あれば上等でした。

一般宿泊も公共施設や民宿がほとんどでした。食べて寝て風呂があれば山への備えが出来ました。こんなふうで北は利尻島、南は屋久島まで行くことが出来ました。

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