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2018年8月22日 (水)

戦争体験 2

戦争体験については以前に一度書いておりますが、もう一度書きます。 太平洋戦争が始まったのは昭和16年12月8日、当ブログはそのとき1歳5ケ月でした。戦争が終ったのは昭和20年8月15日で、その時は5歳1ケ月でした。戦争の記憶のあるのは4歳~5歳頃です。


空襲

当ブログの家は豊橋と浜松の中間ほどの田舎町で空襲はうけていません。豊橋、浜松、岡崎、名古屋などは空襲があり、B29の通り道になっていました。

B29というのは大型爆撃機でサイパン島やグアム島から飛んできて各地を空襲しました。原爆を投下したのもB29でした。その爆音は恐れられていました。他にグラマンと呼ばれたF6FやP51戦闘機などの空襲もありました。

B29や戦闘機が来ると警戒警報が発せられました。サイレンが短い間隔でなり不気味でした。その時は近所の人が共同の防空壕に飛び込みます。防空壕は空地に造られており、半地下式で木を組んだ屋根に土がかぶせてあります。

狭くてギュウギュウ、後になるとなかなか入れませんが、先に入った人が引っ張り入れてくれます。街の役員の人が爆撃機が来たときは「警戒警報発令」、去ったときは「警戒警報解除」とメガホンで触れ歩いていました。

こんなことが何回もあったので慣れっこになり、防空壕に入らない人もありました。当ブログも祖母に「ばあちゃん防空壕にいかにゃー」と言っても平気でした。年の功で状況が分かっているようでした。

防空壕は戦争が終って遊び場でしたが、すぐに取り壊されました。誰が造り誰が壊したのか、これも隣組の仕事だったのでしょうか。


戦車

当ブログは田舎町に住んでいたので、戦争の直接の被害はありませんでしたし、軍隊も見たことがありませんでしたが、一度だけ戦車を見たことがあります。

戦争が終ってからでしたが、戦車が1台街の方から来て隣村の大崎の方へ行きました。この時は偶然玄関にいて見ました。戦車は緑色で角張っており、半身を戦車の上に出した人が乗っていました。

の時の光景は不思議と鮮明に覚えています。子供心にも 戦争が終って静かになったのにおかしいなあ という感じでした。

現在、幻の戦車が三ヶ日町大崎瀬戸に沈んでいると言い伝えられ、探査チームが探査を行っています。見たのはこの戦車だとほぼ確信しています。1台だけでした。

探査チームの情報ではこの戦車は本土決戦に備えて2台作られ、使われることなく1台は千葉県で米軍に引き渡され、1台は浜名湖で1番深いこの瀬戸に沈められたということです。当ブログの見た戦車は重厚感がなくチャチな感じでした。

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