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2019年5月21日 (火)

地方都市の戦中戦後⑤ 金属類の供出

「ある地方都市から見た戦争」と題して 戦中戦後のことを書いています。その5回目です。(三ケ日町史より抜粋)

金属類の供出 

 軍需生産に最も必要な資材は鉄・銅であった。このため古鉄材をはじめ、橋の欄干の古鉄は切り取られ、生活に必要な鍋・釜に至るまで供出するになった。小さくは学童の徽章(きしょう)やボタンまでも回収され、それらは木や紙に変わった。各部落の鉄骨の火の見やぐらも供出され木造になり、各寺院の釣り鐘も供出された。
 東浜名村国民学校の二宮尊徳(にのみやそんとく)像は昭和17年4月に応召(おうしょう)献納式が行われ、「応召中」という立て札と変わった。三ケ日町国民学校の尊徳像は昭和18年1月に応召し台座だけとなった。
 各家庭でも不要な鉄・銅の器具資材はほとんど供出され、軍需工場に運ばれた。
 校庭では戦局が激しくなると共に、青年や在卿軍人の軍事訓練が、そしてモンペ姿の婦人会員の竹槍を振っての訓練光景が見られた。



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