« 彼岸の入り、おはぎ | トップページ | 歌 ♬つぼさんつぼさん・・・ »

2019年9月21日 (土)

女河浦震洋特攻艇壕

湖西市の女河浦(めがうら)海水浴場の南側には太平洋戦争のとき、本土決戦に備えて女河浦震洋(しんよう)特攻艇基地がありました。

このような特攻艇基地は豊橋でも朝倉川河口、大崎、老津などにあったことは以前のブログにも書きました。特攻艇基地は静岡県にも新居、湖西など各地にありました。

湖西市の女河浦震洋特攻艇基地については袋井市歴史文化館が発行しているパンフにその説明がありました。

「昭和20年(1945)本土決戦部隊の1つとして、遠州浜の海防にあたった浜名警備隊は、鷲津北方の女河浦に特攻兵器震洋の基地を作り始めました。震洋とは1人ないし2人乗りの小型モーターボートで、船首に炸裂火薬を搭載し、敵艦に体当たりする特攻兵器で、粗悪なベニヤ板製のものもあったようです。
現在の女河浦海水浴場の南側の山に塹壕(ざんごう 銃撃から身を守るための溝や洞穴)、海岸に震洋の掩体壕(えんたいごう 敵の攻撃から守るかまぼこ型施設)を建設する予定でしたが、塹壕を5本掘ったところで終戦となり未完成に終わりました。」

海水浴シーズンも終わったので、その塹壕を見に行きました。しかし位置がはっきりせず、説明板があるわけでもありません。74年も経った今、海岸は波で削られ、山は木が繁り放題となっています。5本掘られたという塹壕ですが、見当たりませんでした。

Dsc03720女河浦海水浴場の奥

「震洋」は小型のモーターボートで、ベニヤ板で造られたものもあり、構造が簡単なので大量に生産されました。爆弾を船首に積み込み、搭乗員が乗り込んで、目標艦艇に体当たり攻撃する1人乗りの舟でした。2人用もありましたがこれは指揮艦艇として使用されました。日本本土決戦時には、入り江の奥の洞窟などから出撃することが計画され、日本各地の沿岸に基地が造られました。(ウィキペディアより)

女河浦にまで基地があるのはそのようなことでした。

震洋1型艇 

女河浦の塹壕は埋もれてしまったものと思われますが、上記パンフでは静岡県沼津市の江浦(えうら)震洋特攻艇基地跡には塹壕が残っているとありました。残っている塹壕は貴重です。末永く保存してほしいと思います。

 

折角なので釣りをしてみました。全くダメです。10分で止めました。3連休の初日ですが、この時季になると海水浴客もいません。

Dsc03724女河浦海岸

 

|

« 彼岸の入り、おはぎ | トップページ | 歌 ♬つぼさんつぼさん・・・ »

戦中戦後」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 彼岸の入り、おはぎ | トップページ | 歌 ♬つぼさんつぼさん・・・ »