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2019年12月

2019年12月28日 (土)

神石山

今日も青空が広がっています。富士山を期待して湖西市の梅田から神石山に行って来ました。

Toyohasiumeda4

9時半でしたが駐車場はいっぱいです。この登山道は緩やかなので高齢者や子供には歩きやすくなっています。

Dsc04086登山口

仏岩へ登って行きます。仏岩は岩場で太平洋や富士山が見えますが、期待した富士山は雲で見えませんでした。

Dsc04089仏岩

Dsc04087仏岩から太平洋

ラクダ岩への分岐を経ると登りも急になってきます。展望の良い鉄塔を経て頂上へ着きました。1時間10分でした。やはり富士山は見えません。神石山へは登山口が幾つかあるので人も多くいました。

Dsc04094頂上表示板

Dsc04090頂上

Dsc04091浜名湖

帰りも同じ道を下りました。

 

これで今年のブログは終わります。皆さんよい年をお迎えください。

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2019年12月27日 (金)

浜名湖の富士山

今日は風が強いですが晴れ渡っています。午後の3時半でしたが富士山が見えるかと浜名湖遊歩道を歩いて来ました。三ヶ日町の瀬戸橋の奥の所から歩き始めました。

渚には波が打ち寄せ、湖岸の岩には波のしぶきがあがっています。

Dsc04081

Dsc04076しぶき

空は青くせんだんの実が映えています。せんだんは葉が早く散って後から落ちて来る実を守ります。

Dsc04071せんだん

やがて東名浜名湖橋が見えてきますが、その横に富士山がくっきりと見えました。下の方まで真っ白に雪を被っています。

Dsc04070東名浜名湖橋の左に富士山

Dsc04062_20191227205001富士山

湖には鴨が浮かんでいます。

Dsc04069

舘山寺や舞阪の国道1号浜名大橋も見えます。

Dsc04072舘山寺

Dsc04073浜名大橋

富士山も見えたので途中で引き返しました。こんな午後の遅い時間に富士山がくっきり見えるのも珍しいことです。陽も沈みかけています。

Dsc04084夕陽の湖面

帰ってから夕刊を見ると、東海地方は強風で三重県では風速26メートル、岐阜県では21メートルという記事がありました。この強風のため富士山がはっきりと見えました。気温は平年より高めでした。

 

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2019年12月21日 (土)

座談山

今年も残すところ10日となりました。山はこのところ遠ざかっていましたが、久し振りに歩いて来ました。
帯状疱疹はまだ痛く鎮痛剤を飲んでいますが、以前ほどの痛みではなくなりました。
葦毛(いもう)湿原から座談山に行って来ました。
Zadanyama271
駐車場は車がいっぱいです。この季節になると特に人も多くなるようです。登山口の葦毛湿原は枯れ野となっています。
はじめは日陰の道を行きますが稜線に出ると日が当たり太平洋が見えてきます。
1時間で座談山頂上です。富士山が見えますが今日は雲で片側が僅かに見える程度でした。
浜名湖は何時も見えています。
下りる人登る人30人ほどに出合いながらの山歩きでした。
明日は冬至です。日の入りの峠は過ぎていますが日の出はまだ遅くなって行きます。

 

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2019年12月18日 (水)

井山  天元戦5連覇

囲碁天元戦の最終局が今日行われました。そのネットニュース速報です。

囲碁の第45期天元戦5番勝負の第5局が18日、徳島市の徳島グランヴィリオホテルで打たれ、井山裕太天元(30)が、挑戦者の許家元八段(21)に勝ち、3勝2敗で防衛、5連覇を達成した。これで「名誉天元」の資格を得た。

囲碁には棋聖、名人、本因坊、王座、天元、碁聖、十段の7大タイトルがあり、井山は棋聖、本因坊、天元の3冠を保持しています。今日は天元戦5局目で最終戦でしたが、3大タイトルを堅持しました。

当ブログは井山ファンであり、ネットで中継を1日見ておりましたが、難しくて何が何だか分かりません。天元はこれで5連覇ということですが、井山は他に棋聖7連覇中、本因坊8連覇中、碁聖6連覇で、7大タイトルのうち4タイトルに名誉称号を得たことになります。

歴代の棋士の中にも4タイトルで名誉称号を得た棋士はいません。王座を先日芝野虎丸に奪われたので今日は ぜひ勝ってほしいと思っていました。井山ファンとしてはホッとしました。

 

 

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2019年12月13日 (金)

ミカン切り

ミカン切りに行って来ました。ミカン切りは毎日行うのでなく出荷日に合わせて行っています。8日目になります。今年はこれで終わりです。昨年の半分以下でした。

これは裏作でミカンが成っていないからです。成っている木は鈴成りですが、成っていない木は全くと言ってよいほど成っていません。このような木が半分以上あります。

Dsc04048鈴なりの木

朝8時から取り始めます。曇っていたり陽の当たらないところはたいへん冷え込みます。収穫袋を肩に掛けいっぱいになると籠に移して行きます。

Dsc04046収穫袋とかご

Dsc04049収穫されたミカン

10時で休憩に入ります。20分ほど休んでまた切り始めます。この頃になると寒さも緩んできます。籠は運搬車で運ばれトラックに積まれてゆきます。

Dsc04050運搬車

12時になると昼休みです。午後は1時から始め4時15分で終わります。

さて今年は昨年とは大違いです。表年、裏年はどうして起こるのでしょうか。これは植物ホルモンや糖に関係しているようです。他に摘果や剪定にも関係しているということです。しかし表作、裏作は地域全体で起こりますからまだわからないこともあるようです。

鈴なりの木を見ると自然の恵みを感じます。1房に7個もなっている珍しいミカンもありました。

Dsc04099全部見えないが7個もなっている 

 

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2019年12月10日 (火)

歌 ♬つぼさんつぼさん・・・ 補足

9月23日に「歌 ♬つぼさん つぼさん・・・」というブログを書きましたが、その後この歌詞が見つかりましたので補足します。


つぼさま つぼさま
お彼岸参りに お出でんか
わたしもちょっくら行きたいが

カラスという 黒鳥が 
足をつつき 手もつつき
それで 一本ぬけました

特に他の地方で歌われていた歌詞と変わりません。これは当ブログの郷里浜松市三ヶ日町のわらべ歌の中にありました。我が家の昔の物を整理しているとその中にありました。

この歌は当ブログの一世代ほど前の歌のようですが、わらべ歌として引き継がれてきました。

学校から帰るといろいろなわらべ歌を歌い遊んだものです。まりつき、おじゃみ(お手玉)などはわらべ歌が付き物でした。

当ブログは “♬ つぼさんつぼさん・・・”で遊んだ記憶はありません。遊び方の説明がありましたので書いておきます。

両手でつぼを作り、身体の前に出し輪を作る。鬼になった人が人差し指でつぼの中に指を入れながら、順々に歌を歌って回る。最後の“抜けました”で終わった人は手を1本下ろす。両手が下りた人は抜ける。

このようにわらべ歌を歌っての遊びは多くありました。中には赤ん坊を背負って子守の子もいました。いつも日の暮れるまで遊びました。わらべ歌はこのようにして歌い継がれてきました。

 

 

 

 

 

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2019年12月 5日 (木)

わが家の戦争遺品②

我が家には戦争遺品があります。

・大日本国防婦人会たすき

Dsc04001大日本国防婦人会たすき

国防婦人会とは、1932年から1942年まで存在した日本の婦人団体です。割烹着と会の名を墨書した白タスキを会服として活動しました。出征兵士の見送りや慰問袋の作成など、銃後活動を行ないました。(ウィキペディアより)

「大日本国防婦人会」の画像検索結果 国防婦人会 ネットで拝借しました

 

・衣料切符

衣料を配給するために政府が発行した点数制の切符です。 昭和17年(1942)から昭和25年(1950)まで続きました。

Haikyuutechou衣料切符

 

・薬莢(やっきょう)

薬莢は銃砲の発射薬を詰める容器であり、これを用いると弾頭や火薬を銃砲へ迅速に装填することができます。

Yakukyou薬莢

これは米軍のB29機銃薬莢です。

 

・国語読本

「尋常小学 国語読本 巻1 文部省」 大正6年11月発行です。

国語読本とは、戦前の日本において、文部省が編集した尋常小学校、高等小学校および国民学校の国語 の国定教科書です。ハナハト読本とも呼ばれています。当時の全国の小学生が同じ教科書を使いました。(ウィキペディアより)

Senngokyoukasho国語読本

これは復刻本です。昭和21までは国民学校でしたが昭和22年から小学校となりました。当ブログの小学校入学は昭和22年でしたのでこの国語読本は使っていません。

Senngokyoukasyo11ページ目

Senngokyoukasho22ページ目

 

12月8日は太平洋戦争開戦日です。日米開戦から78年目の日です。ホームページに「戦中戦後の出来事」を設けています。こちらも見て下さい。

 

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2019年12月 4日 (水)

普門寺、赤岩寺、大和の大イチョウ 紅葉

近くの紅葉見物に行って来ました。

・普門寺  豊橋市雲谷(うのや)町

普門寺は紅葉の名所です。12月1日~8日までもみじ祭りが開かれています。まだ緑の木もありずれて紅葉になって行くのでこの期間楽しめます。

Dsc03988普門寺紅葉

Dsc03994普門寺紅葉

Dsc03989普門寺紅葉

 

・赤岩寺  豊橋市多米町

もみじの古木が水路沿いにあります。長い階段を登った先の砂防ダムにも紅葉が見られます。

Dsc03997赤岩寺紅葉

Dsc03999赤岩寺砂防ダムの紅葉

 

・大和の大イチョウ  豊川市豊津町大和

Dsc04032大和の大イチョウ

打ち出の小槌の形をした見事なイチョウです。この木にはいつ来ても感動します。このイチョウは1923年(大正12年)に大和尋常高等小学校の竣工記念として植えられました。今年で96年になります。

Dsc04034大和の大イチョウ

Dsc04035大和の大イチョウ  

 

 

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2019年12月 3日 (火)

わが家の戦争遺品①

わが家には戦争遺品があります。

・奉公袋

父親は在郷軍人でした。在郷軍人とは平時は社会で生業についているが、戦争・事変が起こると必要に応じて召集され、国防に任ずべき後備役を言います。その奉公袋です。

Houkofukuro在郷軍人奉公袋

奉公袋裏側には収容品が書いてあります。

Houkousetumei奉公袋裏側の収容品内容

収容品内容を書き出してみます。

1.軍隊手帖、勲章、記章

2.適任証書、軍隊に於ける特業教育に関する証書

3.召集及び点呼令状

4.その他貯金通帳など応召準備及び応召のため必要と認むるもの

次にその写真です。

軍隊手帖

Gunntaitechou軍隊手帖

記章・勲章 

Kishou記章

Gunntaikishou勲章

出席簿

表紙は「出席簿  帝国在郷軍人会○○○班 官等級氏名 〇〇〇〇」となっています。   

Gunntaishussekibo帝国在郷軍人会の出席簿

 

・戦陣訓

 「戦陣訓」の小さな冊子がありました。戦陣訓は軍人への浸透のため、陸軍省は「軍隊手帖」と同じサイズの「戦陣訓」を製作し、将校以下全員に配布しました。

戦陣訓とは 昭和16年(1941)1月8日、東条英機陸相が「軍人勅諭」の実践を目的に公布した具体的な行動規範です。 特に「生きて虜囚の辱を受けず」の部分が明確に降伏を否定しているため、これによって多くの兵士が無駄死にしたとされます。(ウィキペディアより)

Sennjinnkunn戦陣訓

「戦陣訓」は「序」と「本訓」「結」から成っており、「本訓」はさらに「其の一」から「其の三」までに分かれています。表紙は「昭和16年5月9日陸軍省検閲済 戦陣訓」となっています。  

 

 

 

 

 

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