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2020年3月

2020年3月31日 (火)

一本桜10本(その1)

昨日の新聞に根尾の薄墨桜が満開になったという記事がありました。当ブログが見に行った平成24年の時は4月18日頃が満開でした。年によってだいぶ違いがあるようです。過去に訪ねた一本桜について書きます。
当ブログは近県の一本桜100本を訪ねました。5大桜を除いた桜の中から見事な桜を10本を選んでみました。このブログは1昨年も書きましたが、画像が消えてしまったので 内容を修正し再度書きました。

1.弁天さんのしだれ桜   長野県須坂市豊丘  樹齢250年  平成26年4月27日撮影 
花であふれんばかりの枝が風に揺れている光景は、まことに素晴らしいものでした。一番良い時でこれは迷うことなく1番です。

 

2.麻績(おみ)の里舞台桜   長野県飯田市座光寺   樹齢350  平成26年4月8日撮影 
旧座光寺小学校舞台校舎の脇に植えられた見事な桜です。桜の多い飯田市でも1・2を争う桜です。

3.水中(みずなか)のしだれ桜  長野県高山村水中  樹齢250  平成26年4月27日撮影 
勢いのある大桜です。薄緋色の花が滝の如く咲き誇ります。信州高山五大桜の一つです。



4.和美(なごみ)の桜   長野県高山村   樹齢100   平成26年4月27日撮影
 
村の公民館隣に立つ形のよい桜です。村人に愛されている桜です。


5.杵原学校の枝垂れ桜   長野県飯田市山本  樹齢80年  平成26年4月8日撮影 
旧山本中学校杵原校舎前にあります。空一面に咲きます。均整の取れた素晴らしい桜です。  


 
6.和佐の苗代桜     岐阜県下呂町和佐   樹齢400年  平成26年4月11日撮影 
苗代田に桜が写って、水田と桜が良く似合います。長閑な山里の幻想的な光景です。

 

7.黒部のエドヒガン桜   長野県高山村黒部   樹齢500  平成26年4月27日撮影 
山里の水田に立ちます。孤高の気高さがあります。信州高山五大桜の一つです。

 
8.岩太郎のしだれ桜  岐阜県萩原町四美  樹齢120  平成27年4月16日撮影 
 土手から突き出すように幹が聳えています。岩太郎が植えました。桜の枝が、風になびく様は何とも言えず美しいものでした。

9.わに塚のしだれ桜   山梨県韮崎市  樹齢300  平成24年4月13日撮影 
 
塚の上にある見事な一本桜です。雪をかぶった八ヶ岳と桜が実によく似合います。雪山と桜、なかなかこの光景には出会えません。
Dsc02489

10.水戸野のシダレザクラ  岐阜県白川町水戸野  樹齢400年  平成20年4月9日撮影 
苗代田の中に咲く花の色が美しい桜です。元庄屋宅跡に咲く枝垂桜で形の良い大木です。
 


この10本選ぶには大分迷いました。2位からはどの桜が先に来ても構いません。孤高に咲く一本桜の美しさを改めて感じました。
次にまた11位から20位の桜を取り上げてみたいと思います。


 


 

 

 

 

 

 

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2020年3月28日 (土)

あっちこっちの山(過去山⑤)

当ブログが登った特徴ある山や思い出の山を書きます。山名をクリックするとホームページが出ます。


 

最北の山  利尻岳  利尻島

登山日:平成18年7月9日   66歳

行程 豊橋ー中部国際空港ー(飛行機)ー旭川空港ー(レンタカー)-稚内(泊)-(フェリー)-礼文-(フェリー)- 利尻(泊)

登り時間:北麓野営場ー(3時間20分)-長官山ー(1時間30分)利尻岳


コメント礼文、利尻など観光を兼ねた。行程で旭川空港 経由は稚内までの航空券が取れなかったのでレンタカーで走った。9合目からは急なガレ場の登り。リシリヒナゲシを見られたのはよかった。 

利尻岳


 

最南の山  宮之浦岳   屋久島 

登山日平成15年7月1日   63歳

行程 豊橋ー中部国際空港ー(飛行機)-鹿児島空港-(バス)-鹿児島港-(高速船)-屋久島宮之浦港(泊) 

登り時間淀川登山口-(35分)ー淀川小屋ー(1時間15分)-花之江河ー(2時間5分)宮之浦岳 


コメント頂上は強風で濃霧、長く居れず直ぐに下山。翌日は片道4時間歩き縄文杉を見に行った。

縄文杉


 

最長時間の山  水晶岳 15時間40分

登山日平成16年9月2日  64歳

登り時間 新穂高駐車場ー(1時間20分)-ワサビ平ー(4時間20分)-鏡平山荘ー(2時間35分)-双六小屋(泊)(4時間35分)-鷲羽岳ー(30分)-ワリモ岳ー(1時間45分)-水晶小屋(泊)(40分)水晶岳



コメント:鷲羽岳では雨で寒くて手がしびれたが、翌日の水晶岳はこれ以上ない快晴。百名山の山々が軒並み見えた。

 左から水晶岳、ワリモ岳、鷲羽岳


 

登頂した〇〇3山  鳳凰3山  薬師岳、観音岳、地蔵岳

登山日 平成4年8月10・11日  52歳

登り時間:夜叉神峠入口-(1時間)-夜叉神峠-(4時間)-苺平-(2時間10分)薬師岳(50分)観音岳(40分)-鳳凰小屋(泊)(1時間50分)地蔵岳(4時間20分)-広河原 


コメント:南アルプス、富士山、八ヶ岳などの展望がよい。鳳凰小屋は少し下ったところにあるが、古風な小屋で山小屋らしかった。下山後、広河原から夜叉神峠入口までは乗合タクシーを使った。 

地蔵岳のオベリスク(方尖柱)  

その他登頂した〇〇3山:

白根三山 (北岳、間ノ岳、農鳥岳)白馬三山 (白馬岳杓子岳、白馬鑓ヶ岳木曾の三岳(御嶽山木曽駒ケ岳南木曾岳秩父三山 (両神山三峰山武甲山寸又三山 (朝日岳前黒法師岳沢口山)小津三山 (雷倉花房山小津権現山高賀三山 (高賀山瓢ケ岳今淵ケ岳位山三山 (位山川上岳船山伊勢三山 (掘坂山局ケ岳白猪山)、奥多摩三山(大岳山御前山三頭山 


 

モルゲンロートの山  北穂高岳 

登った日:平成21年9月5・6・7日   69歳

登り時間:上高地-(40分)ー明神館ー(50分)-徳沢園-(1時間)ー横尾ー(1時間25分)ー本谷橋ー(2時間35分)ー涸沢小屋(泊)(4時間北穂高岳(3時間)-涸沢小屋ー(10分)-涸沢ヒュッテ(泊)(2時間25分)-横尾-(1時間)ー徳沢園-(1時間)-明神館ー(1時間)ー上高地


コメント:涸沢では涸沢小屋と涸沢ヒュッテに泊まりゆっくりした涸沢フェスティバルが開かれていて賑わっていた。3日目はモルゲンロート(朝焼け)の北穂高岳が見られた。 

涸沢から北穂高岳

テント場


そのほかいろいろ体験した山は、ホームページの「はじめに」①「はじめに」②にまとめてあります。

 

 

 

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2020年3月26日 (木)

一日で長時間歩いた山 10山(過去山④)

当ブログは今年80歳になりますが、山らしい山に登ったのは76歳までです。一日で長時間歩いた山を取り上げてみました。ここに挙げたのは60歳以降に登った山ばかりなので、標準より時間が掛かっています。長時間順に書いています。山名をクリックするとホームページが出ます。


14時間

黒部五郎岳 平成17年8月18・19日  (65歳)

岐阜県から富山県へ抜ける有峰(ありみね)林道がある。その県境のところが登山口になっている。初日は避難小屋に泊まり、翌まだ真っ暗な4:25に避難小屋を出発した。北ノ俣岳から黒部五郎岳の頂上に立ち、来た道を引き返した。泊まった避難小屋を通過し、登山口に着いたのは18:45で暗くなりかけていた。2日目の歩きは14時間15分であった。

黒部五郎岳(左)、北ノ俣岳(右)


14時間

霞沢(かすみざわ)岳  平成24年7月27・28日 (72歳)

上高地から入り、徳本(とくごう)峠小屋に泊まる。翌日はまだ暗い4:00に小屋を出た。大下りがあり、5つのピークを越え、さらに2つのピークを越え、霞沢岳に着いた。帰りは来た道を戻った。またピークを越え、大下りしたところを登り返し徳本峠に着いた。そのまま下り、上高地の河童橋に着いたのは17:50であった。14時間歩いたが標準の2倍近く掛かっているかも知れない。


霞沢岳(左)


13時間

笠ヶ岳  平成16年9月1・2・3・4日  (64歳)

3泊4日で鷲羽岳、水晶岳、三俣蓮華岳、双六岳、笠ヶ岳に行った。その最終日、双六小屋から笠ヶ岳に登り新穂高まで下りた。双六小屋を5:25に出発し、弓折(ゆみおれ)岳、抜戸(ぬけど)岳を通過し、笠ヶ岳に着く。ここからは引き返し笠新道を下る。とにかく疲れ、林道が見えた時は飛び上がるほどうれしかった。 新穂高駐車場に着いたときは18:40で真っ暗だった。13時間歩いた。4日目だったので疲れており時間も掛かった。


笠ヶ岳


12時間

幌尻(ぽろしり)岳  平成19年7月5・6日  (67歳) 

初日は23回の渡渉を繰り返し幌尻山荘に泊まった。翌日は小雨の降る中3:50に小屋を出発したが、もう明るくなっている。ハイマツ帯を抜け、カールの雪を見ながら登って行くと幌尻岳山頂となる。帰りは来た道を引き返した。泊まった幌尻山荘を経て、また渡渉を繰り返し、長い林道を歩いて登山口へ戻った。2日目の歩きは12時間だった。もうへとへとで倒れそうだった。

幌尻岳山頂


11時間

トムラウシ  平成19年9月3日  67歳

北海道新得(しんとく)町トムラウシ温泉東大雪荘に泊まり往復する。4:25歩きはじめてすぐに雨が降り出し合羽を着る。霧で周りの景色も見えない。どこを歩いているかも分からず、ただひたすら歩く。上に行くほど寒く雨や風が強くなる。頂上に着いた。寒くて長く居られず直ぐに下山、来た道を下る。雨の中を11時間歩いたが、百名山最後の山なので何が何でも歩いた。水浸しになりただ疲れて歩いた山だった。


Tomurausikinen11_3  トムラウシ公園で


11時間

大無限(だいむげん)山  平成19年8月24・25日  (67歳)

静岡県井川ダム奥の田代諏訪神社から登る。初日は小無限無人小屋に泊まる。2日目5:00に小屋を出、まずはピーク4つを超えて、小無限山に着いた。さらに樹林に囲まれた道を行き大無限山に着いた。帰りも来た道を戻った。水を切らし小無限小屋に着いたとき、耐えられず小屋にあった水を飲んでしまった。その後は腹痛と嘔吐、何とか頑張って登山口まで戻った。2日目の歩きは11時間15分であった。

 大無限山


10時間

蛭(ひる)ケ岳  平成16年6月4日  (64歳) 

丹沢の蛭ケ岳に日帰りで行ってきた。一番近いと思われる神奈川県清川村の塩水(しおみず)橋から5:40分登り始める。天王寺尾根を行き丹沢山に着く。丹沢山を過ぎアップダウンのある岩の道を行くと蛭ケ岳に着いた。富士山など四方の展望が素晴らしかった。帰りは来た道を引き返し、塩水橋登山口に戻った。歩き時間は10時間だった。 

 蛭ケ岳頂上


9時間

槍ヶ岳  平成20年9月8・9・10日  (68歳)  

新穂高から登り、初日は槍平小屋に泊まる。2日目は5:30に出発し、南岳、中岳、大喰(おおばみ)岳を通過し、槍ケ岳に登って槍ヶ岳山荘に泊まった。3日目は6:00に出、奥丸山の方に降り、奥丸山をピストンして槍平小屋を経て、新穂高に下山した。2日目、3日目は9時間歩いた。最後の林道歩きは疲れに疲れた。

 槍ヶ岳


9時間

悪沢(わるさわ)岳  平成15年8月20・21日  (63歳) 

大井川奥の椹(さわら)島から登り、初日は7時間45分掛かり、大変疲れて千枚小屋に着いた。ここで泊まり、翌4:00に小屋を出た。千枚岳、丸山を経て悪沢岳に着く。赤石岳が眼前に見え、富士山のシルエットが素晴らしい。帰りは来た道を引き返した。泊まった千枚小屋を経て、ひたすら下って行く。2日目は9時間歩き登山口の椹島に着いた。悪沢岳は遠かった。

 悪沢岳 (荒川東岳ともいう)



9時間

光(てかり)岳  平成16年7月28・29日  (64歳) 

長野県南信濃村の易老渡(いろうど)登山口から登る。5:20分から登り始める。急登があり、岩場があってきつい登りが続く。易老岳、イザルケ岳を経て光小屋に着いた。荷物を置いて光岳を往復する。初日は9時間歩いた。きつい登りであった。翌日は上河内(かみこうち)岳の方へ行く予定であったが台風が接近しており、来た道を戻った。 

 光岳頂上


他に一日に9時間以上歩いた山は 仙丈ケ岳、赤石岳、黒法師岳、奥穂高岳、空木岳、飯豊山、剣岳、常念岳、羊蹄山、白山、・・・などあります。

 





  



  


 

 

 

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2020年3月25日 (水)

引佐峠花桃

浜松市引佐(いなさ)町の広域農道引佐峠に花桃が咲き始めました。桜とほぼ同じころですが少し早く咲きます。やや早めでしたが、咲き始めの花を楽しむことができました。

Dsc04648道路沿いに咲く花桃

Dsc04651花桃

この道の下の方に花桃の里があり、100本ほどの花桃があります。

Dsc04645花桃

Dsc04644花桃

Dsc04642花桃

いよいよ花真っ盛りの頃となりました。ソメイヨシノはもう満開の木もあります。山にも山桜でしょうか、桜が目立つようになってきました。

 

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2020年3月24日 (火)

イタチ侵入

我が家の天井裏を時々小動物が走り回ります。音からするとネズミよりやや大きいような動物の感じがします。

ここ1年くらいの間、季節とか時間に関係なく忍んできます。30分ほど音がしてまた出て行くようです。いったいこの動物は何なのかずっと正体を突きとめようと思っていました。

1年ほど前にイタチを見たことがあります。これが入ってくるのではないかと思い、通気口の出入りしそうな穴や、下水溝の穴など考えられるところは塞いできましたが、侵入は続いていました。

家は古いので床下はコンクリートも打ってなく、穴や隙間があるのでしょう。その穴を何とか見つけようと思いましたが分かりません。

3月19日イタチが1年ぶりにまた庭にいるのを発見しました。今度は写真に収めることができました。

Dsc04585イタチ

Dsc04584イタチ

やや人慣れしているような感じがします。天井を走り回っているのはコヤツでした。数時間前天井裏で音がしていました。飼い主がいるのでしょうか。また野生でずっと生きてきたのでしょうか。

何とか侵入口を見つけたいものです。忘れた頃にまた天井裏をはい回りに来ます。まあペットを飼っているくらいに思えばそれほど気にもならなくなりました。ネズミや虫など取ってくれるかもしれません。

出入口を覚えており帰って行くのですから、なかなか賢い動物のようです。

 

 

 

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2020年3月23日 (月)

雲谷山のカタクリ

雲谷山(うのやさん)のカタクリがちょうど見ごろと思い葦毛湿原より行ってきました。

Zadayamaunoya2

今日も車がいっぱいです。このところいつ来ても葦毛湿原駐車場は満車になっています。40台以上が置け、入れ代わり立ち代わりなので一日で来る車は100台以上で、来る人は200人以上になると思います。もっと多いかもしれません。

山に入るとそんなに人と出会いません。分散しコースが分かれるからと思います。湿原はハルリンドウが多く咲いていました。

Dsc04632ハルリンドウ

一息峠を登って行きます。50分ほどでアンテナのある雲谷山に着きました。カタクリは咲いていました。しかし思ったより数が少なく一面に咲いているというほどでもありません。

Dsc04630雲谷山頂上

Dsc04627カタクリ

Dsc04626カタクリ

まだこれから咲くのか、今年は数が少ないのか分かりませんが、カタクリを見られ満足です。

もうすっかり春の装いとなってきました。ミツバツツジ、ヤマザクラが咲き、木の芽も吹いて、湿原のオタマジャクシも大きくなってきています。ツバメも見ました。

花の時期も知らぬ間に過ぎ去ってしまうので、その時々見逃さないようにして花を楽しみたいと思います。

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老いを歌う短歌③

中日新聞の中日歌壇、中日短歌会、中日くらし友の会には老いを歌った短歌が出てきます。当ブログも今年は傘寿、それらの短歌にはどれも共感いたします。3月の新聞に載ったそれらの短歌を挙げてみます。

中日歌壇   半世紀家族四人と棲みし家残されて在り我と白梅

中日歌壇   人生は百年時代なんとまだ三分の一も残っています

中日歌壇   三寒四温 空があんまりあをいのでさう容易(たやす)くは死ねまいと思ふ

中日短歌会   明け方の夢切れ切れに亡き友の笑みて手を振りわれの名を呼ぶ

中日短歌会   危ふしや見えざるほどの凹凸に足をとられてたたらを踏みぬ

中日短歌会   生き継ぐは楽しきことと言ふようだ師走の土手のセイタカアワダチソウ

中日短歌会   枯れて行く身を愛(かな)しみて握りしむリネンのハンカチ穏やかな白

中日くらし友の会   八十二歳を二日のみ生き旅立ちぬわれより半年若き隣人

中日くらし友の会   右腕を左で支え二十回上下す風呂はリハビリタイム

 


NHK杯テレビ囲碁トーナメントは昨日決勝が行われ、井山棋聖が一力遼NHK杯を破り、2年ぶり3回目の優勝をしました。 

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2020年3月20日 (金)

遠州灘防潮堤(その9)

遠州灘防潮堤のこの前 の続きを歩いてみました。

Ennshuunadabouchou4


この前は階段2から階段4まで歩きましたが、今日は階段3から階段6の先まで歩きました。階段3のところは国道1号下が地下道になっており、防潮堤に出ることができます。

Dsc04586地下道

防潮堤上に出て中田島方向に歩いて行きます。今日は春分の日ですが、気温は13度と寒く風も強く吹いています。

この前のとき工事をしていた駐車場も出来上がっていました。

Dsc04596駐車場

海も白い大きな波が打ち寄せています。

Dsc04622太平洋

40分ほど歩いたところで工事中の看板があり、立ち入り禁止となっていました。

Dsc04615立入禁止

ちょうどここまでが防潮堤はコンクリートでした。ここからは防潮堤の上に土が盛ってあります。防潮堤斜面には木が植えられて行きます。その作業をしているようでした。

Dsc04618植樹された斜面

ここは国道1号の坪井IC付近になります。

Dsc04611国道1号の道路標示

ここで引き返し、また今切口方向に歩きます。

Dsc04590今切口方向

歩き始めたところに戻ってきました。往復1時間30分ほどの歩きでした。

遠州灘防潮堤の造りもよく分かってきました。一度見学会にも参加しており、CGSプラント現場も見ています。中田島の砂丘の防潮堤も見ています。

今切側の造りはよく分かりました。今切口から歩きで1時間ほどの範囲はコンクリート防潮堤になっており、この間は柵がしっかり付いていて、階段も10分~20分歩く毎にあります。

その先は土砂で覆われた防潮堤のようで柵もありません。その先をまた歩いてみたいと思います。

3月22日にイベントが計画されていたようですが新型コロナウィルスで中止となりました。

 

 

 

 

 

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2020年3月18日 (水)

三ヶ日瀬戸の渡し船

瀬戸の渡し船については一度書いていますが、画像を追加してもう一度書きます。

三ケ日の瀬戸には銀色の吊り橋と赤い橋が架かっています。銀色の橋は昭和30年に、赤い橋は昭和43年に出来ました。しかし銀色の吊り橋が出来る前は、櫓漕ぎの渡し船で人や自転車を運んでいました。

銀色の吊り橋

赤い橋

吊り橋ができたのは、当ブログが中学1年の時で、それまでは時々自転車で来ては渡し船に乗っていました。

0004瀬戸の渡し船(ネットで拝借しました)

00005渡しをしていた瀬戸の大崎側(東名IC側) (ネットで拝借しました)

渡し船のある風景は今ではほとんど見かけなくなりました。こんなのんびりした乗り物もよいものでした。

 

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2020年3月17日 (火)

百名山初期10山の思い出(過去山③)

今迄に登った山は1800山になります。このうち里山の繰り返しが1000山になるので、山らしい山に登ったのは800山です。800山の中100山は百名山です。
ここでは登り始めた頃の百名山の中の10山を書きます。 山名をクリックするとホームページが出ます。
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昭和44年7月25・26・27日 (29歳)
 
大清水登山口から登り長蔵小屋に泊まった。翌日は燧ヶ岳に登り、竜宮小屋に行ったが満員で、また原ノ小屋まで戻って泊まった。2日目は至仏山に登り鳩待峠から帰った。7人で行ったが天気が素晴らしく尾瀬を十分楽しめた。 

Hiutisibutu 

 至仏山  

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昭和46年8月19日 (31歳)
 
美濃戸山荘から入り南沢コースを行く。行者小屋から文三郎尾根を行き、八ヶ岳主峰赤岳に登った。霧の頂上であった。帰りは阿弥陀岳に登り、行者小屋に出て同じ道を下った。

 

 赤岳  

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昭和47年8月19・20日 (32歳)
ロープウェイで千畳敷登山口に行き宝剣岳に登る。縦走し檜尾岳、熊沢岳、東川岳を登って木曽殿山荘に泊まった。翌日空木岳に登り、南駒ケ岳を往復した。北アルプス、南アルプス、八ヶ岳など素晴らしい展望であった。駒ケ根高原に下った。

 宝剣岳

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昭和47年9月18日 (32歳)
青梅街道から林道終点登山口まで入る。1時間ほど歩くと開けた中里介山文学碑のある大菩薩峠へ着いた。さらに1時間で最高点の大菩薩嶺へ着くが展望はよくない。帰りはそのまま引き返し、大菩薩峠で再び展望を楽しんで登山口へ戻った。

 大菩薩嶺
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昭和49年8月17・18・19日 (34歳)
上高地の村営ホテルに泊まり、横尾から涸沢ヒュッテを経て奥穂高山荘に着く。涸沢岳を往復した。穂高岳山荘に泊まり、翌日奥穂高岳へ登る。素晴らしい展望であった。紀美子平から前穂高岳を往復。岳沢ヒュッテを経て上高地降りた。ブロッケン現象も見られた。 

 奥穂高岳頂上

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飯豊山  
昭和50年7月17・18日 (35歳)
川入登山口から入る。林道歩きを経て登山道を歩き、三国小屋に着いた。テントを担いで3人で来た。ここで大変怖い目にあった。すさまじい雷に遭った。翌日は雨の降りしきる中、飯豊山に登った。テントは重く距離は長く疲れた山歩きだった。

  飯豊山テント場

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仙丈岳  

昭和50年8月23・24日 (35歳)
登ったころは南アルプス林道は開通しておらず、戸台から赤河原経由で歩いた。馬ノ背ヒュッテに宿泊。翌日仙丈岳でご来光を見る。360度の展望で素晴らしい。丹渓新道を下り赤河原から戸台へ戻った。登り応えのある山だった。 

 仙丈岳
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昭和51年8月10・11・12・13日 (36歳)
テント持参で芦安村広河原から入る。初日は広河原山荘に泊まり、八本歯のコル経由で北岳に登り、北岳山荘近くにテントを張った。素晴らしい展望だった。2日目は間ノ岳、農鳥岳に登り、3日目は大門沢小屋近くにテントを張る。奈良田第1発電所に降り、広河原に戻る。大変疲れたが充実した山歩きであった。
 北岳頂上

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武尊山  
昭和52年8月7・8日 (37歳)
武尊牧場登山口から登る。武尊避難小屋を通り武尊山に着く。展望が良く百名山の山々が軒並み見える。帰りは前武尊の方を下り、宿泊した花咲の街に出た。


 武尊山頂上
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昭和53年10月15・16日 (38歳)
平瀬の民宿で泊まる。朝まで雨であったが一転快晴となる。山は初雪で白くなっている。大倉山、室堂平を経て白山御前峰に着いた。これ以上はないという天気で北アルプスから日本海までほしいままの展望であった。紅葉もきれいだった。    

 白山

 

 

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2020年3月15日 (日)

宇津山ミツバツツジ

湖西市入出(いりで)の宇津山にミツバツツジを見に行ってきました。宇津山はこの時期にはミツバツツジで彩られます。高さ54mの小さな山ですが、浜名湖の眺めが良い山です。

Shoutaiji

Dsc04562浜名湖

ミツバツツジは桜の咲く前頃の時季から咲き始めますが、まだあまり咲いていませんでした。今年は花の咲くのが早いので咲いているかと思いましたが、5・6本の木が咲いているだけでした。

Dsc04565ミツバツツジ

Dsc04564ミツバツツジ

Dsc04560ミツバツツジ

モクレンは花が終わりかけていました。

Dsc04559モクレン

池にはオタマジャクシがおり、鴬も鳴いていました。

 

 

 

 

 

 

 

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2020年3月13日 (金)

葦毛湿原付近の花

葦毛湿原付近の花を見に行ってきました。葦毛湿原 → 風越峠 → 一息峠 → 葦毛湿原 と歩きました。

Zadanyama21

葦毛湿原はハルリンドウやショウジョウバカマが見られました。

Dsc04550ハルリンドウ

Dsc04554 ショウジョウバカマ

葦毛湿原から風越峠の方に登って行きます。風越峠にはヒロハノアマナ、イチゲキスミレの群落が見られました。

Dsc04556ヒロハノアマナ

Dsc04558イチゲキスミレ

逢った人と話をしているとTV中継所のカタクリはまだ咲いていないということなので、山に行くのは止め一息峠を通り一周して戻りました。今日も暖かく多くの人が来ていました。

 

 

 

 

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遠州灘防潮堤(その8)

遠州灘防潮堤はこの3月で完成します。この前歩いた防潮堤の続きを昨日歩いてみました。

Ennshuunada2bouchou

この前は防潮堤階段1から2までを歩きましたが、今度は防潮堤階段2から4までを歩きました。防潮堤に上がるためにところどころ階段が設けられています。これらの階段は両側に付いています。

Dsc04541階段

この堤防上は歩行者と自転車のみが通れ、階段のところの堤防上に通行止めの杭がしてあるところもあります。

Dsc04539階段2のところの杭

 階段2のところはちょうど舞阪灯台が見えています。

Dsc04537舞阪灯台

階段3のところに車100台ほどが入る駐車場が造られており工事中でした。

Dsc04542工事中の駐車場

階段4のところで引き返しましたがここは国道1号馬郡IC付近になります。

Dsc04545馬郡付近

階段4からは国道1号を潜る地下道が設けられており、歩行者が通れるようになっています。

太平洋を見ながらの散歩やサイクリングにはよい堤防道路です。

Dsc04543太平洋

階段2から階段4までの歩き時間は20分ほどでした。

工事が好きなのでこのようなところは歩いてみたくなります。次はこの先を歩いてみたいと思います。

  

 

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2020年3月12日 (木)

東日本大震災に思う

昨日のブログでも触れましたが、昨日3月11日は東日本大震災の日でした。当ブログはカテゴリーを設け52回にわたって書いてきました。最終書き込みは昨年の3月11日で、書く材料も少なくなり遠ざかりました。

世界各国から援助がありました。以前書いた一部をもう一度確認してみます。

 

・毛布はバングラディシュ、ネパールなどの他、ユニセフからも送られ18万枚になった。

・アフガニスタンからも多額の救援金が送られてきた。

・台湾ではチャリティ番組で一晩に21億円集まった。 台湾は救援金が特に多かった。

・バンコクのスラム街でも募金が始まった。

・ ドイツの長大アームの生コン圧送器が、輸出向けに横浜港に停泊中であることが判明。急遽、原発冷却用に使われることになった。

 

これは当ブログ一人が見たり聞いたりした中のほんの一部を書いただけです。 

世界が日本を助けてくれました。特に最貧国と言われている国からの援助は熱い思いがいたします。これらのご恩は決して忘れてはなりません。

震災後9年が経ち、自分が忘れないようにするため書きました。 

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2020年3月11日 (水)

富幕山、富士山思い出(過去山②)

このところ晴と雨の日が1日おきで今日はまた快晴です。頂上から富士山の見えるようになった富幕山(とんまくやま)に行ってきました。

Tonmakuyama

途中の展望台からも富士山が見えます。

Dsc04532途中からの富士山

50分で頂上へ着きました。頂上は最近木が切られ富士山が見えるようになりました。今日は少し良い富士山を撮ろうと思ってミラーレスカメラを持って行きました。上の写真はデジカメですが下はミラーレスです。

P1010010頂上からの富士山

P1010004浜松市街、太平洋

浜名湖は手前の猪鼻湖(いのはなこ)が昨日の雨で濁っています。

P1010005浜名湖

富士山はやがて春霞みで見えなくなってゆきます。見える時にしっかり見ておきたいと思います。

 

富士山の思い出を付け足して書きます。当ブログが最初に本格的な山に登ったのは富士山でした。高校2年の時で、山が好きというのでもなく、仲間4人で連れ立って行きました。

当時はカメラも普及しておらず、写真もないのでコースも定かに覚えていません。やはりその頃も富士登山は人気があったようで、山小屋の混み具合は印象強く残っています。寝る時に大根を漬けるときのように、交互に詰めて寝てゆきました。

翌日頂上でご来光を拝み、砂で足の埋まるような須走を走るように下って行ったのはよく覚えています。

 

富士山はもう1度登りました。47歳のときで家族4人で行き、1番下の息子は小学校5年生でした。富士宮新5合目登山口から往復しましたが、皆元気がある頃で7時間30分での往復でした。帰路にはサファリ―パークに寄るほど余裕で登れた富士登山でした。

富士山は他に奥庭(スバルラインより)、宝永山(スカイラインより)、小富士(フジアザミラインより)にも行っています。

 

今日は東日本大震災の日、当ブログもカテゴリーを設けて書いてきましたが、このところ書いていません。死者・行方不明者は18,428人です。3.11のこの日を今後も忘れないようにしたいと思います。

 

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2020年3月 9日 (月)

五葉城址、南アルプス思い出(過去山①)

昨日は一日中雨でしたが、今日は雲一つない真っ青な空です。山を見に五葉城址に行ってきました。

Oohara2_1

緩やかな林道を登って行きます。林道脇の沢の水も増えています。

Dsc04519沢の水

50分で五葉城址に着きました。

Dsc04526五葉城址 

富士山と南アルプスがはっきりと見えます。今年も富士山や南アルプスは何回か見てきましたが今日が一番はっきりしています。

Dsc04522富士山

Hijiriakaisiusagi南アルプス

入れ替わり立ち代わり人が来ます。頂上で話を聞くとやはり今季一番の眺めのようです。山の眺めを十分楽しみ、来た道を戻りました。

 

いつも同じような内容ばかりなので今日は南アルプス聖、赤石を登ったときの思い出を付け加えました。

南アルプス南部は身近な感じがしていつも見惚れています。赤石岳や聖岳は10年前の70歳の時にも登って、思い出もまだ新たなので臨場感があります。

井川林道で大石の落下に会いながらも難を逃れ、井川奥の 聖沢登山口 → 聖平小屋   聖岳   兎岳   百間洞(ひゃっけんぼら)山の家   赤石岳   赤石小屋   椹(さわら)島 と一周しました。

Hijiriusagiakaisi

前半は快晴、後半は嵐という思い出に残る山歩きでした。特に2日目は12時間歩き、到着が遅くて百間洞山の家の名物というトンカツにありつけなかったのは悔しい思いでした。

天気が良ければさらに荒川岳の方に行こうという計画でしたが止めにし、赤石小屋に泊まりました。その時は遭難者が運び込まれ、何かと緊迫した山小屋の一夜でした。

聖岳や赤石岳など眺めるとこのような思い出が甦ります。こうして遥かな遠い山を見ていると心休まります。

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2020年3月 8日 (日)

老いを歌う短歌②

中日新聞の中日歌壇には老いを歌ったり、老いを看護する短歌が出てきます。当ブログも今年は傘寿、それらの短歌にはどれも共感いたします。2・3月の新聞に載ったそれらの短歌を挙げてみます。

・老いを歌った短歌

中日花壇     去年より一センチちぢむ身の丈は何処に消えたか食はすすむを

中日歌壇   いずれひとりになる二人とふ歌ありき独りになりて三年過ぎぬ

中日歌壇   齢の数九十七個を手にのせて食べきれぬなり追儺の豆を

中日歌壇     小さき声ひと声のみの鬼は外 豆八十粒を無心に食ぶる

 

・老いを看護する短歌 

中日歌壇  百歳を過ぎいかなる橋を渡りしや姉は奇怪な世界をさまよふ

中日歌壇  「けんけんと雉が鳴いている」嬉しげな母に工場の音とは言わず

中日歌壇  ひきだしに(シャツ)(くつ下)と貼るようなラベルが母の記憶にはない 

中日歌壇  「だんだんに毀(こわ)れてゆく」と言う妻よただただ細き肩を抱きやる

 

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2020年3月 6日 (金)

囲碁棋士 井山略歴

囲碁の棋聖戦第6局が昨日今日(3月5・6日)と行われました。井山祐太棋聖に河野臨9段が挑戦しています。これまで井山が3勝2敗で来ています。早く4勝した方が勝ちです。

果たして今日の結果は・・・。井山が勝ちました。これで井山は棋聖戦8連覇です。棋聖戦8連覇は過去に小林光一名誉棋聖が成し遂げていますが、棋聖戦最高の連覇記録です。

井山は2016年に囲碁史上初めての7冠制覇、2017年にも2回目の7冠を制覇しています。2回目の7冠制覇というのはどういうことかというと、井山は初めての7冠から1冠のタイトルを失いました。

また7冠を制覇するには6冠を防衛し、失った1冠をまた1から出直し挑戦者にならなければなりません。これを井山はやり遂げたのです。失った1冠の挑戦者になり勝ちました。これで2回目の7冠を制覇しました。

気の遠くなるようなことを2回も行いました。井山以外に7冠制覇した棋士はこれまでいません。これを2回もやり遂げました。プロの棋士というのは桁外れの強さで、その中で勝ち抜いて行くとは驚きであり信じられません。

井山は1989年生まれの30歳です。井山がどのようにして力を付けてきたのでしょうか。井山は5歳のとき父親が買って来たテレビゲームの囲碁ソフトに興味を持ち、半年もすると父親を破るほどの腕前になりました。

「井山写真」の画像検索結果  井山裕太

小学校1年の時に囲碁のテレビ番組に出演し、石井邦夫9段に見出され小学生の全国囲碁大会で2連覇しました。その後プロの養成機関の院生になり力を付けて行きました。

棋聖戦は2日間に亘って打たれます。この間で1つのミスをすれば勝てません。1手打つのにときには2時間近くも考えるときもあり、緊張を保ち続けることに驚きです。ネットで見ていても何が何だか分かりません。雲の上のことですから分かるはずがありません。

囲碁が好きなので何時も楽しみにしています。棋聖戦は今年になって最初の棋戦です。タイトル戦は1年間、合い間なく続いて行きます。井山は先ず1冠は守りました。さあこれからどうなって行くか、また7冠同時制覇もあります。

井山はNHK杯テレビ囲碁トーナメントの準決勝にも勝ち上がっています。日曜日12時半からNHKEテレで放映されています。これは7大タイトル戦には入っていません。

 

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富士見岩

雲一つない青空が広がっています。富士山が見たくなり、湖西市知波田のおちば親水公園より富士見岩に行って来ました。富士見岩は富士山が形よく見える山です。

Fujimiiwa1

鉄塔沿いの道を登って行きます。鉄塔5つ目が頂上になります。1時間20分で頂上に着きました。

Dsc04514頂上

富士山も南アルプスも見えました。ちょうど12時で雲が出はじめ霞みかけていました。 

Dsc04511富士山

Dsc04509富士山

Dsc04502南アルプス、 左から塩見、荒川、赤石、聖

Dsc04513浜名湖

今は新型コロナウィルスで学校も休みとなっています。小学生のいる家族連れなどに出会いながらの山歩きでした。

 

 

 

 

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2020年3月 5日 (木)

石巻山

晴れていますが風が強く気温も8度です。石巻山は家から10分ほどのところにある山で、オドリコソウの群生地があり花の百名山に入っています。オドリコソウは4月中旬頃咲きます。 


Isimakisanyama2

山の中腹にある駐車場まで入れるので簡単に登れます。2日に座談山へ行ったときは気温18度で風が心地よいほどでしたが、今日は強風が吹き付け大変寒くなっています。

石巻山は石灰岩の山、水の浸食で洞穴や石の造形物が見られます。「蛇穴」と呼ばれている洞穴は幅60㎝、奥行き13mあります。

Dsc04495_20200305152001蛇穴

Dsc04494蛇穴説明版

30分で頂上に着きました。四方が見渡せます。 富士山が見える時もありますが今日は見えません。

Dsc04488頂上標識

すぐ下には豊川用水調整池の三ツ口池が見えます。

Dsc04490三ツ口池

本宮山と石巻山は豊橋からよく見える山で民話があります。

Dsc04489本宮山

Dsc04493民話の説明版(クリックしてね) 

湖西連邦越しに浜名湖もわずかに見えています。

Dsc04492わずかに見える浜名湖

今日は啓蟄ですが虫などの姿には出くわしませんでした。寒風をついての歩きで冬の名残でした。

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2020年3月 4日 (水)

小鷹野浄水場タンク(その4)

当ブログの近くに豊橋小鷹野浄水場があり、10年ほど前から2基のタンク建設工事が行われてきました。これまでもこの工事をときどき見に行き、ブログに書いてきましたが、工事も3月13日に終わります。

Dsc04318完成した2基のタンク

豊橋小鷹野浄水場は昭和5年からあり、県営と市営が併設されています。このタンク工事は県営の水道局が行っており、豊橋南部浄水場に水を送るということです。この工事の情報は少なく、ネットで調べてもほとんど出てきません

Jousuijou2

場所は赤岩尾根の西端の山の上で、これまで市営のタンク2つがありました。ここに今度県営のタンクが2つ造られました。赤岩尾根は岩山で道をつけることから始まりました。 

Dsc04105 以前からある市営の2つのタンク 

この道は工事専用なので入ることは出来ません。工事を見るには山に入りますが、これがヤブ道で夏は大変でしたが、今の時期は比較的入りやすくなっています。10分ほどで着きます。

 

工事も終わり、浄水場タンク工事のブログはこれが最後になるので、これまでの工事過程を辿りながらまとめてみます。

2012年頃山歩きの時、この現場を初めて見ましたが、何が作られるのか分かりませんでした。その後、重機で岩を砕く音が長い間続いていました。重機の通れるような道はありましたが、新しい道が作られました。なぜ道が作られたのか事情はよくわかりません。

Dsc04102 2013年2月現地

2016年には整地され、送水管置き場となっていました。

Dsc09718 2016年3月の時

2018年にはタンクが1つ出来上がり、その横でもう1つのタンクの建設工事をしていました。

Dsc02975 2018年11月の時の工事現場 

 2019年5月には2つ目のタンクは半分ほど工事が進んでいました。

 Dsc02982 2019年5月の時のタンク工事現場

2019年8月には上部まで工事は進んでいました。

Dsc036002019年8月の時のタンク工事現場

そして2020年3月、2つ目のタンクは完成し、すべての工事は終了しました。

Dsc04479_20200305200101 2020年3月完成時のタンク

工事の様子を細かく見てきたわけではありません。工事現場にも入れませんし、見える場所もありません。このヤブ山に上がるしか見ることができません。家の近くなので工事の進捗状況を見てきただけです。

これからこの場所に行くことも なくなると思います。このタンクがどういう目的のタンクか詳しく知りたいと思います。

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2020年3月 2日 (月)

座談山

3月となり花も咲き出しているかと思い、葦毛湿原から座談山に行ってきました。

Zadanhana

葦毛湿原はまだほとんど枯野ですが、バイケイソウが力強く葉を伸ばしていました。

Dsc04467バイケイソウ

葦毛湿原を突き抜けて登ってゆくと風越峠に出ます。この峠にヒロハノアマナ、イチゲキスミレの群生地があります。少しは咲いているかと思いましたが、イチゲキスミレが一輪だけ咲いていました。

Dsc04469イチゲキスミレ

風越峠から登って行くと一息峠からくる道と出会い、NHKアンテナのある雲谷(うのや)山に出ます。この辺りはカタクリの群生地ですが花も葉も全くありませんでした。

さらに進んで鉄塔のある座談山です。1時間20分かかりました。午後の3時半です。富士山が見えるかと期待しましたが霞んでいて見えません。

Dsc04475座談山

Dsc04470富士山方向

Dsc04472浜名湖

遅い時刻なので人もいません。今日は気温が18度くらいなので風も気持ちよく感ずるほどでした。帰りは一息峠のほうを下り葦毛湿原に戻りました。

もう花はすぐに咲き始めるような気配でした。カタクリが一面に咲くときに来たいと思います。

 

昨日は当ブログの務める神社の春祭りの日でした。しかし新型コロナウィルスのため中止としましたが、宮司さん、役員6名で神事は行いました。

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