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2020年5月12日 (火)

コロナで思う事①

昨日は青空がきれいで五月晴れかと思っていましたが、そればかりではないようです。5月11日の中日新聞夕刊にもそのような記事(じゅんかん記)がありました。

「光が眩しい」「風景が鮮やかだ」「遠くまで視界がいい」「金星が輝き、冬の空のように星がいっぱい見える」 経済活動をちょっと抑えたら、大気が澄んで、昼の光も夜空の星の輝きも鮮やかになった。新型コロナは地球が人間に送ったエコの使者かもしれない。

また5月10日の日曜版(おじさん図鑑)にもコロナについてのエッセイがありました。

人類の発展繁栄とは、経済のための狂奔だった。声高に叫ばれていた「グローバリズム」もその一翼を担っていた。結果、すべてが「過剰」になっていたのだ。“コロナ”の悪意は人類の欲望と熱狂に冷水を浴びせたのだった。

新年を迎えて」にも書きましたが、当ブログが小学生の頃は、夏は団扇だけで過ごせたものです。打ち水をし、夜は蚊帳を吊って寝ると庭に蛍が飛んで来たりもしました。

70年後の今はこんなでは過ごせません。熱中症になってしまいます。地球の年齢からすると、70年などはテニスコート面積に対して針の先ほどにも満たない面積の時間です。エアコンを使えと言いますが、当ブログと同じ年代の人には“もったない”という感覚の人もいます。それほど短い時間です。

たった70年でこれだけの温暖化、これは何としても食い止めねばなりません。車の普及にしても1人に1台の時代となりました。車も排気ガスの出ない車は時代の要請です。

この70年間で経済は著しく発展し、人類は繁栄しましたが、地球はどうなっているのでしょうか。17歳の少女グレタさんの言う通り、地球の温暖化は急速に進んでいます。地球は人間だけのものではありません。

どの動物も平等に生きねばなりません。生き物の命をいただく食べ物は粗末にしてはなりません。食べ物を捨てるのは耐えられません。生活の程度もほどほどで良いと思っています。

宇宙の中の青い小さな地球が、いつまでも清らかであることを願わずにはいられません。

 

 

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