日記・コラム・つぶやき

2020年6月11日 (木)

ブログ引っ越し

長い間ブログ「峰の松風 」をご覧いただきありがとうございました。
ブログ「峰の松風」は2006年から「niftyココログ」で書いてきましたが、その回数も1300回余となり、容量が限界に達しました。
最近はブログを書くたびに、以前のデータを消去して書いていましたが、新しいブログを起ち上げることにしました。
新しい引っ越し先は「エキサイトブログ」です。これからもどうぞよろしくお願い致します。

なお、これまでの内容は ホームページ「里山歩きとつぶやき」、ブログ「峰の松風」で見ていただけます。


本ブログは引っ越しました。   

引っ越し先はエキサイトブログの「峰の松風」です。

| | コメント (0)

2020年5月31日 (日)

コロナで思う事②

「コロナで思う事①」の続きになります。5月27日の中日新聞夕刊の論壇時評に「ポストコロナの環境問題」と題し、2人の学者の説を載せていました。

1人は「ウィルスは環境破壊によって難民化している。ウィルスが悪いのではない」、もう1人は「人間の環境破壊が未知のウィルスとの接触機会を増している」ということでした。

また5月20日の中日新聞夕刊紙つぶて」でも「コロナ禍と環境問題」と題し、「これを機に危機に強靭な脱炭素社会への変革を真剣に進めなければならない」という内容でした。

コロナで思う事①」のときも2人の説を書きましたが、やはりこれと同じ内容でした。

今日の新聞では1850年(産業革命前)から1970年の120年間の気温が0.24度上がったのに対し、1970年から2020年の50年間で0.86度上がったということです。今後5年間でさらに上がると見込まれるということです。

現在、地球環境は待ったなしの状況のようです。化石燃料の燃焼などで地球の熱は上昇し、重篤な状態ということです。

 

 

 

| | コメント (0)

2020年5月17日 (日)

老いを歌う短歌⑤

中日新聞の中日歌壇には老いを歌った短歌が出てきます。当ブログも今年は傘寿、それらの短歌にはどれも共感いたします。4・5月の新聞に載ったそれらの短歌を挙げてみます。

 

平仮名で文具に名前を書きくれし母の下着に記名す我は

玄関に立ちてまさぐる家の鍵老いのポケット少なきがよし

アルプスを縦走したる時ありしストック今はステッキと化す

母はもうこの世にいないと思いつつじっと眺める己の手足

物忘れ疲労度認知度老人力金婚夫婦は何でも競う

急流もありて互いに五十年河口辺りの石になりたり

火にかざす祖母の手の皮つまみ上げ面白がりし我が手に見入る 

| | コメント (0)

2020年5月12日 (火)

コロナで思う事①

昨日は青空がきれいで五月晴れかと思っていましたが、そればかりではないようです。5月11日の中日新聞夕刊にもそのような記事(じゅんかん記)がありました。

「光が眩しい」「風景が鮮やかだ」「遠くまで視界がいい」「金星が輝き、冬の空のように星がいっぱい見える」 経済活動をちょっと抑えたら、大気が澄んで、昼の光も夜空の星の輝きも鮮やかになった。新型コロナは地球が人間に送ったエコの使者かもしれない。

また5月10日の日曜版(おじさん図鑑)にもコロナについてのエッセイがありました。

人類の発展繁栄とは、経済のための狂奔だった。声高に叫ばれていた「グローバリズム」もその一翼を担っていた。結果、すべてが「過剰」になっていたのだ。“コロナ”の悪意は人類の欲望と熱狂に冷水を浴びせたのだった。

新年を迎えて」にも書きましたが、当ブログが小学生の頃は、夏は団扇だけで過ごせたものです。打ち水をし、夜は蚊帳を吊って寝ると庭に蛍が飛んで来たりもしました。

70年後の今はこんなでは過ごせません。熱中症になってしまいます。地球の年齢からすると、70年などはテニスコート面積に対して針の先ほどにも満たない面積の時間です。エアコンを使えと言いますが、当ブログと同じ年代の人には“もったない”という感覚の人もいます。それほど短い時間です。

たった70年でこれだけの温暖化、これは何としても食い止めねばなりません。車の普及にしても1人に1台の時代となりました。車も排気ガスの出ない車は時代の要請です。

この70年間で経済は著しく発展し、人類は繁栄しましたが、地球はどうなっているのでしょうか。17歳の少女グレタさんの言う通り、地球の温暖化は急速に進んでいます。地球は人間だけのものではありません。

どの動物も平等に生きねばなりません。生き物の命をいただく食べ物は粗末にしてはなりません。食べ物を捨てるのは耐えられません。生活の程度もほどほどで良いと思っています。

宇宙の中の青い小さな地球が、いつまでも清らかであることを願わずにはいられません。

 

 

| | コメント (0)

2020年5月 7日 (木)

「ヨタヘロ期」を堂々と(その2)

4月9日のブログに「ヨタヘロ期を堂々と」いう樋口恵子(87)の中日新聞記事のことを書きました。昨日の新聞を見ると広告欄に「老(お)~い、どん! あなたにもヨタヘロ期がやってくる」という樋口恵子の本の広告がありました。

一度読みたいなと思っていたところ、カミさんが偶然この本を買ってきました。さっそく読みました。樋口はこの前のときは87歳でしたが、現在は88歳です。

Dsc04962

本の帯には「87歳の私は、満身創痍ならぬ満身疼痛。まさに、ヨタヨタヘロヘロのヨタヘロ期をよろめきながら直進しているのです。人生の最終段階の幸福のために何をなすべきか、全ての人の問題として考えてほしいと思います。」とありました。

ヨタヘロ期とは健康寿命(男性は72歳、女性は75歳)から平均寿命(男性が81歳、女性が87歳 )までを言う樋口の造語です。ヨタヘロ期はそれぞれ9年、12年となります。

ここでは本の中にまとめられていた「人生後半の安心生活 してよかった25のこと」から、12を書きます。

  1. 生きがいを見つける
  2. 身辺整理を少しずつ
  3. 住居環境を整える
  4. できなくなることを受け入れる
  5. 楽しげに生きる
  6. ご近所と気軽に声を掛け合う
  7. 体の自由が利かなくなったときの備え
  8. ライフワークを続ける間取り
  9. 蔵書を思いきって整理
  10. 無理をせず助けを求める
  11. 登記済権利証などは定期的に確認
  12. リビング・ウィルを記しておく

当ブログもヨタヘロ期の最中なので、一致することが多く大変興味深く読みました。内容が具体的で、どれもすぐに出来そうです。当ブログは79歳ですが、75歳の時に家のリフォームを行い、耐震・高齢者住宅にしました。また本の整理も思い切って行い、アルバムも自分のものはメモリーに保存しました。

家の中で転倒し、骨折した話はよく聞くので、敷物は敷かず、ものも置かないようにしています。座り生活なので、立ったり座ったりするとき便利なように手すりが2本付けてあります。これが何かと役立っています。取り付けるのに壁に穴をあけたり、見栄えもよくないですが、やがては断捨離する家なので、機能を中心にして好き勝手なことをしています。

Dsc04963_20200507085601壁に取り付けた手すり

1本は床から85cm、もう1本は27cmのところに着け、長さは2mあります。机はこの近くに置いてあるので、立ち上がったりするとき以外にも筋力鍛錬など、この手すり棒は何かと重宝しています。

 

| | コメント (0)

2020年5月 4日 (月)

一条戻橋、渡辺綱

外出自粛で家にいることが多くなっています。暇を持て余しており、テレビ欄を見ていると、にっぽんの芸能「舞踊で鬼退治 舞踊“戻橋”」という番組が目に留まりました。

なぜこの番組に目が留まったかというと、当ブログが小学生の頃ですが、橋に立つ侍と女の人 の人形があり、ひな祭りには毎年飾っていました。

このひな人形がどういう人形かについて母親に聞いたことがあります。「侍は渡辺綱で女の人は鬼が化けている」と説明してくれました。このことは一度ブログの桃の節句に書いております。

京都一条戻り橋のついては、ウィキペディアには次のような説明がありました。

源頼光の頼光四天王の筆頭渡辺綱が、夜中に戻橋のたもと近くを通りかかると、美しい女性がおり、夜も更けて恐ろしいので家まで送ってほしいと頼まれた。綱はこんな夜中に女が一人でいるとは怪しいと思いながらも、それを引き受け馬に乗せた。すると女はたちまち鬼に姿を変え、綱の髪をつかんで愛宕山の方向へ飛んで行った。綱は鬼の腕を太刀で切り落として逃げることができた。

当ブログが小学生の頃は芸能と言えば日本舞踊が主でした。村芝居か何かで見た程度ですが興味があります。本格的な日本舞踊など京都の「都おどり」を見たくらいなものです。

今日の舞踊“戻橋”は大変興味深く見ることができました。家の人形は処分してしまいましたが、今でもその人形の記憶は鮮明にあります。

 

昔は災害や病、飢饉など恐ろしい出来事は鬼の仕業と考えられていました。「豆まき」や童話の「桃太郎」「一寸法師」も鬼をやっつける行事やお話です。コロナも鬼の仕業でしょうか。早くこの鬼をやっつけたいものです。

 

| | コメント (0)

2020年5月 1日 (金)

新緑、懐かしい五月の唱歌

今日から5月、「令和」になって丸1年、元号もすっかり馴染んできました。逆に平成は遠ざかりつつあり、昭和は懐かしの時代となりつつあります。

今日は八十八夜、5月2日の年が多いですが今年は5月1日です。 八十八夜は立春から数えて88日目にあたる日で、この頃から田植えなど農作業の準備が始まります。

八十八夜と言うとお茶です。八十八夜に摘まれたお茶を飲むと長生きできると言われています。新茶はその後に摘まれたお茶より栄養価が高いということです。「茶摘み」の歌は初夏を感じ好きな歌です。

Dsc04933新城の茶畑

5月5日は立夏で端午の節句です。この日は昭和の古き日本の風景が目に浮かびます。早苗・柏餅・ちまき・こいのぼり・ほたる・菖蒲湯など 懐かしい光景です。この頃を歌う「夏は来ぬ」「せいくらべ」「こいのぼり」も季節が感じられ好きな歌です。

また数日もすればミカンの花が咲き出します。このミカンの花の香りが大好きです。故郷奥浜名湖一帯はミカンの産地で、ミカンの花の香りに包まれます。

Dsc02082ミカンの花

花の中でもこれだけ香しい花も珍しく思います。香りが良いのは昆虫を引き付けるためと思っていましたが、そうではなく温州ミカンの花は受粉しなくても結実するやや例外な植物のようです。

みかんの花咲く丘」も好きな歌です。

 

| | コメント (0)

2020年4月27日 (月)

老いを歌う短歌④

中日新聞の中日歌壇には老いを歌った短歌が出てきます。当ブログも今年は傘寿、それらの短歌にはどれも共感いたします。3・4月の新聞に載ったそれらの短歌を挙げてみます。

 

中日歌壇   このごろは歩数が増えた万歩計それは歩幅が減ったからなり

中日歌壇   母さんを施設のソファーに座らせて金属入れた細い足さする

中日歌壇   待ってなどないのに今年も駆け足で老いを土産に誕生日来る

中日歌壇   ヨウカイになっちゃったと友の言いずれ私も要介になる

中日歌壇   アルバムに四十代の亡母(はは)がいる背負いし孫は五十路(いそじ)になりて

中日歌壇   伸びなくて良い鼻毛などすぐに伸び貴重な髪は日々に散り行く

中日歌壇   窓ガラス雪かと思えば花吹雪 不思議なこの世にまだ命あり

中日歌壇   かぜのとの遠き日祖母に手を重ね挽き木回しし石臼の音

| | コメント (0)

2020年4月22日 (水)

懐かしい母の歌

懐かしい母の歌を取り上げてみました。

 

やさしいおかあさま   昭和15年の歌です。この歌と一緒に成長してきました。懐かしい限りです。

母の歌 昭和20年代に全国唱歌ラヂオコンクール(現 NHK全国音楽コンクール)でよく歌われました。

東京だよおっ母さん 昭和32年 島倉千代子の歌。まだ戦後が残っていた頃の歌です。

かあさんの歌   昭和33年の歌。当ブログ小学生の頃は歌詞に出てくる 夜なべ、わらうち仕事、麻糸、あかぎれ、生みそ は日常のことでした。

ひろしまの母  昭和52年 古賀政男 最後の曲となりました。歌 島倉千代子、広島の原爆が歌われました。

 

歌詞に「母」が出てくる歌は「肩たたき」、「おかあさん」、「ことりのうた」、「あめふり」、「ないしょ話」、「この道」、「ぞうさん」、「十五夜お月さん」、「みかんの花咲く丘」、「四季の歌」、「故郷」・・・などあります。

 

| | コメント (0)

2020年4月 9日 (木)

「ヨタヘロ期」を堂々と

3月25日の中日新聞に「ヨタヘロ期を堂々と」いう樋口恵子(87)の書いた記事がありました。ヨタヘロ期というのは健康寿命から平均寿命まで期間を言っており樋口恵子の造語です。

健康寿命というのは「自立して日常生活を送れる期間」を言い、男性は72歳、女性は75歳です。平均寿命は男性が81歳、女性が87歳です。樋口が言うヨタヘロ期はそれぞれ9年、12年となります。

当ブログは79歳で健康寿命からは7年経ち、平均寿命まであと2年です。今はヨタヘロ期の終わりです。

当ブログは60歳で定年を迎えましたが、その後残生とか余生とかいう気は全くなく、第2の人生が始まったと思いました。そこからはそれまでやれなかったことをしようと思いました。

日曜大工が好きで木工教室へ通い、それが終わって住宅教室にも通い、電気工事士の免許も取りました。山が好きで百名山も完登しました。桜が好きで一本桜100本を訪ねました。

山と一緒に日本全国観光地にも行きました。釣りにもよく行きましたし、本もそれまで読めなかった長編小説を読みました。パソコンは今一番の趣味です。

定年から20年が経ち80歳、上に書いたような趣味も出来ることが少なくなりました。これからは第3の人生と思っています。

これまでと違うのは、身体が傷みかかっており、脳の細胞も壊れかかっています。これらは良くなることはありません。これを受け入れて、第3の人生をどう楽しんで堂々と生きてゆくかです。

まず「明日は良いことがある」「これからの人生良いことがある」と決めつけて行きたいと思います。いやなことは忘れて楽しいことのみ脳にしまっておきたいと思います。またおいしいものを食べたいと思います。

樋口恵子は自分へのこととして「老いと認知症を可視化せよ」「ケアされ上手になれ」といっています。その時は十分受け入れて行きたいと思います。

また社会への提言として「シニア食堂がほしい」「街にベンチと清潔なトイレを」「買い物支援は欠かせない」を挙げています。これらのことがあればそのときには大変助かります。

桜はもう散り始めました。四季折々を楽しんで行きたいと思います。

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧