報復テロ絶滅へ

2015年11月21日 (土)

報復テロ絶滅へ 46

この「報復テロ絶滅へ」は46回目になりますが、昨年12月17日に書いて以来なので、約1年振りになります。
これを書き始めたのは、アメリカ同時多発テロが2001年9月11日に起こり、ウサマ・ビンラディンが2011年5月2日に殺害されました。その後、報復に報復が続きました。この互いの報復が何とか無くならないかという思いからでした。
先日の11月13日に起きたフランス・パリの同時多発テロで、妻を亡くした仏人男性が、テロリストたちに向けてつづった文章が共感を呼んでいる、という記事が11月20日の中日新聞夕刊に載っていました。ほんの要点のみ記すと
「金曜の夜、最愛の人を奪われたが、君たちを憎むつもりはない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈したことになる。君たちの負けだ。幼い息子の幸せで自由な日常が君たちを辱めるだろう。」

と、1歳半の息子と2人で普段通りに暮らし続けることを宣言しています。文章はフェイスブックで21万回以上共有され、内外のメディアでも取り上げられたということです。
また仏ラジオに
「私は息子に憎しみや暴力、恨みを抱えたまま育ってほしくない。彼に立ち上がる武器を与えたい。銃では決してなく、紙やペン、そして音楽という武器を」

などと語っているということです。
それにつけても平成25年5月2日に新聞記事を拝借した文が思い起こされます。

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2014年12月17日 (水)

報復テロ絶滅へ 45 (パキスタン少女22)

また「報復テロ絶滅へ」のブログを書かねばなりません。またまたとんでもない事件が起こりました。

イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TPP)」が学校を襲撃し、131人が死亡したというのです。(12月17日中日新聞朝刊) 学校を襲撃という考えられないことが起こりました。

子供たちを襲撃するなどありえないことです。子供はどんな環境にあっても、真っ先に保護されなければなりません。その子供を襲ったというのです。

マララ・ユスフザイさんを襲撃した勢力です。マララ・ユスフザイさんは「愚かで冷血なテロ行為によって、私は胸が張り裂けるような気持ちだ。」と声明を発表しています。

この襲撃はパキスタン軍のTPPなどイスラム武装勢力への掃討作戦に対しての報復です。いつまでこんなことが繰り返されるのでしょうか。

近年ではパキスタン最悪のテロとなった ということですが、こういうことが麻痺していかないかと心配です。

このブログを書き始めて3年半になるのですが、報復テロは一向に収まりません。パキスタン政府は今年2月から、タリバン運動と和平交渉を始めたものの、行き詰まって決裂。パキスタン軍は掃討作戦を本格化させています。

ブログを始めた頃にはアメリカとタリバンの水面化交渉などもあったようですが、どうなったかは当ブログは知りません。

マララさんの奇跡の回復が平和への世界的うねりとなって、報復テロが納まって行くのを期待していました。平和への象徴として、マララさんを応援し続けて来ました。

どんなことでも子供の死はやり切れません。子供は真っ先に大切にされなければなりません。子供が犠牲となるような報復テロは、どんなことをしても無くさなければなりません。

追記  夕刊で 死者は141人 うち生徒は132人。負傷者は121人。

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2014年12月12日 (金)

報復テロ絶滅へ 44 (パキスタン少女21)

今朝の中日新聞に「マララさんノーベル平和賞授賞演説」の詳細がありました。演説のポイントが4点挙げてありましたので紹介します。

・テロリストの銃弾は勝てなかった。私たちはより強くなった。

・戦車を造るのはやさしいのに、なぜ学校を造るのは難しいのか。

・すべての子どもが学校に行くのを見届けるまで闘い続ける。

・空っぽの教室、失われた子ども時代、これらは私たちで終わりにしよう。

という内容でした。また、マララさんは「全ての子どもが教育を受ける目標を実現するため、母国パキスタンで首相になりたい」と抱負を述べています。

さて、話は変わりますが当ブログ「報復テロ絶滅へ」始めたのは、次のような理由です。

アメリカ同時多発テロが2001年9月11日に起こり、ウサマ・ビンラディンが2011年5月2日に殺害されました。その後も報復に報復が続いています。この報復が何とか無くならないかという思いからブログを始めました。

このブログはウサマ・ビンラディンが殺害された2011年5月2日の翌々日の5月4日から「報復テロ絶滅へ」というカテゴリーで始めました。

21回目のときの2012年10月9日に、マララ・ユスフザイさんがパキスタンでイスラム原理主義勢力のタリバンから狙撃されるという事件が起こりました。

そのときから「報復テロ絶滅へ」には(パキスタン少女)という副題も入れることにしました。その後「報復テロ絶滅へ」はマララ・ユスフザイさんについての内容が中心となりました。

2012年10月からマララ・ユスフザイさんについて書き始めてちょうど2年、マララ・ユスフザイさんは2014年10月にノーベル賞を受賞しました。

以上がこのブログを始めた理由と経過です。新聞記事の転載がほとんどなので、事新しいこともなく、自分の思いを書いているだけです。

 

 

 

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2014年10月30日 (木)

報復テロ絶滅へ 43 (パキスタン少女20)

新聞記事の紹介です。昨日(10月29日)の中日新聞夕刊に写真のような記事がありました。

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これまでにマララさんは多くの賞を受けており、混乱してしまいます。そこで今までのブログ記事の中よりマララさんの受けた賞をまとめてみました。                                

2013年  8月13日  国際子ども平和賞 オランダの人権団体 子供の権利向上に貢献した個人に毎年贈られる

2013年  9月17日  良心の大使賞 国連人権団体 人権擁護で活躍した人や団体を表彰

2013年 11月20日  サハロフ賞 欧州連合欧州議会 人権活動へ貢献をたたえる賞 

2014年 10月11日  ノーベル平和賞 ノーベル賞委員会

2014年 10月28日  世界子供賞 世界子供投票 子供の権利擁護に貢献した人物や組織を顕彰

追記

今日(10月30日)の中日新聞夕刊に次のような記事がありました。

Dsc07920

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2014年10月10日 (金)

報復テロ絶滅へ 42 (パキスタン少女19)

2014年ノーベル平和賞は、パキスタンの17歳の少女、マララ·ユサフザイさんでした。当ブログは2012年より18回に渡り、彼女の報道記事に触れて来ました。たいへん感慨深いものを覚えます。

因みにパキスタン少女第1回ブログは次のようでした。

報復テロ絶滅へ 21 (パキスタン少女1)

追伸

翌10月11日の朝・夕刊の新聞記事

Dsc07768朝刊の記事

Dsc07769夕刊の記事




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2014年9月13日 (土)

報復テロ絶滅へ 41 (パキスタン少女18)

10ケ月振りに「報復テロ絶滅へ」のブログです。新聞記事の紹介です。

今日(9/13)の中日新聞朝刊6面に写真のような記事がありました。

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2013年11月21日 (木)

報復テロ絶滅へ 40 (パキスタン少女17)

今日(11月21日)の新聞記事のコピーです。

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2013年10月12日 (土)

報復テロ絶滅へ 39 (パキスタン少女16)

今日の中日新聞夕刊3面に写真のような記事がありました。

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2013年10月10日 (木)

報復テロ絶滅へ 38 (パキスタン少女15)

新聞記事の紹介です。今日の中日新聞夕刊3面に写真のような記事がありました。
手抜きをして写真のみでの紹介です。

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また昨日の夕刊9面には下の写真のような記事がありました。

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2013年9月17日 (火)

報復テロ絶滅へ 37 (パキスタン少女14)

またまた新聞記事の紹介で恐縮です。9月17日の中日新聞夕刊に 「マララさんに“良心の大使”賞 国連人権団体」 という見出しで 国連人権団体アムネスティ・インターナショナルは17日、パキスタンで女子教育の権利を求め、イスラム武装勢力に銃撃されたマララ・ユスフザイさん(16)に人権賞“良心の大使”賞を贈ると発表した。(以下略)

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良心の大使」賞 というのは2003年に創設され、人権擁護で活躍した人や団体を表彰してきたということです。詳しくは上の写真記事を見てください。

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より以前の記事一覧