東日本大震災

2020年3月12日 (木)

東日本大震災に思う

昨日のブログでも触れましたが、昨日3月11日は東日本大震災の日でした。当ブログはカテゴリーを設け52回にわたって書いてきました。最終書き込みは昨年の3月11日で、書く材料も少なくなり遠ざかりました。

世界各国から援助がありました。以前書いた一部をもう一度確認してみます。

 

・毛布はバングラディシュ、ネパールなどの他、ユニセフからも送られ18万枚になった。

・アフガニスタンからも多額の救援金が送られてきた。

・台湾ではチャリティ番組で一晩に21億円集まった。 台湾は救援金が特に多かった。

・バンコクのスラム街でも募金が始まった。

・ ドイツの長大アームの生コン圧送器が、輸出向けに横浜港に停泊中であることが判明。急遽、原発冷却用に使われることになった。

 

これは当ブログ一人が見たり聞いたりした中のほんの一部を書いただけです。 

世界が日本を助けてくれました。特に最貧国と言われている国からの援助は熱い思いがいたします。これらのご恩は決して忘れてはなりません。

震災後9年が経ち、自分が忘れないようにするため書きました。 

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2018年3月11日 (日)

吉祥山、東日本大震災

吉祥山を歩いて来ました。快晴だったので山が見えるか楽しみにして行きました。林道登山口から登ったので30分で頂上です。

Kitijourindou2

Dsc00536 吉祥山頂上

雲はありませんでしたが、富士山や南アルプスは見えませんでした。もうこれからは霞で見えなくなるのでしょうか。奥三河三山は正面に見えています。

Dsc00535奥三河三山 左から 宇連山、鳳来寺山、明神山

帰りはAコースを下り、途中からCコースに入り、登り口まで戻りました。今日もうぐいすの鳴き声を聴きました。1時間20分の歩きでした。

東日本大震災後、7年経ちました。忘れないようにと思いながらも、つい遠ざかってしまうことを戒めています。

東日本大震災死者・行方不明者数が減って行くようにと願ってこれまで見てきました。

2011年  3月 28,000人   大震災直後
2011年  6月 23,000人   3ケ月後
2011年  9月 19,867人   半年後
2012年  3月 18,998人   1年後
2012年 10月 18,649人   1年半後
2013年 11月 18,534人   2年半後                           2014年  9月 18,490人   3年半後                                                               2015年  3月 18,475人   4年後
2016年  9月 18,451人   5年半後                                
2018年  3月 18,434人   7年後

行方不明者は今も捜索されています。.何もできませんが、せめて3.11という日を忘れないようにしたいと思います。

 

 

 

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2016年9月10日 (土)

小富士(東日本大震災51)

昨日、静岡県小山町須走から簡単に行ける小富士に行って来ました。

Dsc00877小富士頂上

別の話になります。今日の中日新聞に東日本大震災死者・行方不明者数が載っていました。

東日本大震災後、5年半経ちました。忘れないようにと思いながらも、つい遠ざかってしまうことを戒めています。

東日本大震災死者・行方不明者数が減って行くようにと願ってこれまで見てきました。

2011年  3月 28,000人   大震災直後
2011年  6月 23,000人
2011年  9月 19,867人   半年後
2011年 12月 19,334人   
2012年  3月 18,998人   1年後
2012年 10月 18,649人   1年半後
2013年 11月 18,534人   2年半後                           2014年  9月 18,490人   3年半後                                                               2015年  3月 18,475人   4年後
2015年  9月 18,464人   4年半後
2016年  9月 18,451人   5年半後

行方不明者が発見され、減って行くことを願っています。.何もできませんが、せめて被災地を、3.11という日を忘れないようにし、応援する気持ちを持ち続けて行きたいと思います。

 

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2015年3月11日 (水)

東日本大震災 50

東日本大震災からちょうど4年が経ちました。東日本大震災のブログからすっかり遠ざかっていました。

当ブログがこのカテゴリーを始めたのは、東日本大震災発生当時、感動場面が多く、この感動を多くの人と共有したいと思ったからです。

震災発生時、日本中が一丸となりました。被災地のことをまず優先し、たとえ電車が遅れようと物が足りなくなろうと、不満を言うような人はありませんでした。

数え切れないほどの感動場面がありました。また、被災地の人たちの秩序ある行動、自己犠牲の心は世界に感動を与えました。

当ブログはこのような素晴らしい感動を持続したいという思いと、東日本大震災のことが薄らいで行かないよう自分への戒め、として書いております。

東日本大震災死者・行方不明者数が減って行くようにと願ってこれまで見てきました。

2011年  3月 28,000人   大震災直後
2011年  6月 23,000人
2011年  9月 19,867人   半年後
2011年 12月 19,334人   
2012年  3月 18,998人   1年後
2012年 10月 18,649人   1年半後
2013年 11月 18,534人   2年半後                           2014年  9月 18,490人   3年半後                                                               2015年  3月 18,475人   4年後

2015年  9月 18,464人   4年半後(後日追加)                               

これからも少なくなることを願っています。何もできませんが、被災地を、そして3.11という日を決して忘れないようにし、応援する気持ちを持ち続けて行きたいと思います。

これは全て中日新聞に掲載された人数です。

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2014年9月11日 (木)

東日本大震災 49

東日本大震災からちょうど3年半が経ちました。

今日の新聞に東日本大震災死者・行方不明者数が載っていました。その数が減って行くようにと願ってこれまで見てきました。

2011年  3月 28,000人   大震災直後
2011年  6月 23,000人
2011年  9月 19,867人   半年後
2011年 12月 19,334人   
2012年  3月 18,998人   1年後
2012年 10月 18,649人
2013年 11月 18,534人   約2年半後                          2014年  9月 18,490人   3年半後

これからも少なくなることを願っています。何もできませんが、被災地を決して忘れないようにし、応援する気持ちを持ち続けて行きたいと思います。

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2013年11月 9日 (土)

東日本大震災 48

東日本大震災から2年8ケ月が経ちました。このブログは、大震災の感動場面を共有したく、また東日本大震災のことが薄らいで行かないよう自分を戒めるため続けております。

今日の新聞に東日本大震災死者・行方不明者数が載っていました。その数が減って行くようにと願ってこれまで見てきました。

2011年  3月 28,000人
2011年  6月 23,000人
2011年  9月 19,867人
2011年 12月 19,334人
2012年  3月 18,998人
2012年 10月 18,649人
2013年 11月 18,534人

これからも少なくなることを願っています。何もできませんが、被災地を忘れないようにし、応援して行きたいと思います。

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2013年3月11日 (月)

東日本大震災  46

東日本大震災から2年です。3月11日は特別な日です。決して忘れることなどあってはならない日です。

今日のブログも新聞記事の受け売りとなります。これはもう1年も前の記事で、共感するところがあり、切り取って保存しておりました。

それは2012年3月17日の中日新聞17面人生のページの記事です。長いのでところどころの抜粋となります。

(略)「第2次大戦後の生活で私たちは豊かさを求めることになれ、それを達成できるのを当然のように思ってきた。(略)私たちは自分たちの力を過大評価していたのではないか。宮沢賢治が強く意識していた“慢”という言葉がたびたび思い起こされる。

日本の政治経済や科学技術や精神文化に“慢”がはびこっており、実はかくも頼りないものだったのだ。これは震災と原発災害の双方に言えるが、原発災害がそれをいやが上にも深刻なものとしている。震災は天災だが、原発災害は人災が大きい。(略)

“原始ムラ” があり結束して自分たちに都合の良い情報を流し、起こりうる住民の被害を軽んじてきた。事故が起こっても “安全” “健康に影響はない” を繰り返している。今なお多くの国民の生存を左右する重要な事柄が “原子力ムラ” の人たちに委ねられている。(略)

では、このような信頼喪失を克服してゆくにはどうすればよいのか。専門家が支えるシステムにこそ問題があった。政官財学報それぞれのシステムをしっかりと点検し、新たなシステムを構想・形成する努力を重ねていくことだろう。(略)

国民は自らの持ち場をよく省みるとともに、諸システムに対して声を上げ見守り続けることを忘れないようにしよう。」(略)  

                                     島薗 進(東大教授)

原発は絶対安全なものとして進められてきました。原発の説明書や小学校副読本にも絶対安全と書かれ、どうも胡散臭いと感じていました。そのように感じながらも、何もできなかった自分にも責任を感じています。果たして事故はおきました。

地震や津波は自然災害です。これは逃げるに如かずです。しかし原発災害は人災です。子孫代々まで影響を及ぼすこの災害は、絶対にあってはならないことです。

この原発災害を防ぐには、一般国民としては何をしたらよいか、それは上に書かれているように “政官財学報のシステムの点検、諸システムに対して声を上げ、見守り続けること” であろうと思います。

小生は無闇に反対するものではありません。核分裂、核融合の研究は大いに進めてほしいと思っています。問題は真実が見極められず、政官財学のもたれ合いの中で進められてゆくことです。太平洋戦争へと突入していった歴史と似たものを感じます。

東日本大震災から2年、このことが忘れられてゆくことを憂いています。東日本大震災は千年に1回の災害といいます。遠い将来を見据えて10年後、100年後もこの原発災害のことが語られていなければ本物とはいえません。

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2013年2月 4日 (月)

東日本大震災 45

東日本大震災から間もなく2年になろうとしています。当ブログも東日本大震災45回となりましたが、新聞記事の受け売りの内容がほとんどとなってしまいました。

東日本大震災に対し、世界のあらゆる国から受けた救援、特に極貧国からの援助には深い感動を覚えました。この恩は必ずお返ししなければならないと思いました。

また企業においても、営利を省みない一途な救援には、感銘を受け、ただ物資が早く着くよう、みんなに行き渡るよう祈り応援をしました。

そして日本の人たちは、心を一丸にして、被災地のことをまず優先し、たとえ電車が遅れようと物が足りなくなろうと、不満を言うような人はありませんでした。

多くの個人においては数え切れないほどの感動場面がありました。また、被災地の人たちの秩序ある行動、自己犠牲の心は世界に感動を与えました。

当ブログはこのような素晴らしい感動を持続したいという思いと、東日本大震災のことが薄らいでゆかないよう自分への戒めとして書いています。

今日のブログも新聞記事の受け売りです。中日新聞25面に「被災地へ遠のく足、ボランティアが集まらない」という見出しで記事がありました。要約すると

「愛知ボランティアセンターは震災直後の2011年4月からほぼ毎週、名古屋市と宮城県石巻市を往復するバスを出してきた。
 がれき撤去が一段落した後も、週末限定の食堂を開くなど、地域社会の再生や心のケアを重視した取り組みを続けている。
 目に見えて参加者が減ったのは、11年秋以降だ。それまでは100人を超す回も珍しくなかったが、日を追って減り続け、12年末はついに30人を切った。1回の活動費とバス代は最低でも合わせて42万円ほど。1人1万2千円の参加費でまかなうため、30人では赤字となる。
 全国社会福祉協議会によると、市町村の災害ボランティアセンターを通して岩手、宮城、福島3県に入ったボランティアは、11年が約91万1千人だったが、12年には約25万5千人に減少。昨年12月は始めて1ヶ月1万人を切った。」

ボランティアに行く人は実に立派です。尊敬をします。まだまだボランティアが必要ということです。こういう実態を知って参加する人が増えればと思います。

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2013年1月15日 (火)

東日本大震災 44

阪神大震災は1月17日で18年を迎えます。東日本大地震は1年10ケ月が過ぎました。忘れないよう、自分への戒めとして書いています。

今日の中日新聞1面に災害ボランティアの記事がありました。これは東日本大地震に限らず一般災害など災害ボランティアとして活動した人の内容です。その概要です。

2010年10月から1年間で災害ボランティア活動に参加した人の数は、1006年の前回調査132万人の3倍を越す431万7千人に上った。これは東日本大震災の被災地を中心に活動した人の割合が高くなっており、全体の数が増加したと見られる。

阪神大震災にちなんだ1月17日の「防災とボランティアの日」を前に、総務省が11年の社会生活基本調査の結果を改めて分析した。

災害ボランティア活動に参加した人の数は、男女別では、男性が184万人、女性が247万7千人。前回は男性72万1千人、女性は59万9千人。活動日数は1~4日が74.4%、1日あたりの平均活動時間は男性が3時間4分、女性が1時間47分。」(以下略)

この中でびっくりしたのは、ボランティア活動に参加した人の数は、前回は男性が少し多かったにせよ、圧倒的に女性が多いということです。小生は逆に思っていました。小生は男性であり、ボランティアにも行っておりません。

このようなボランティア活動は、女性に負けてはおれません。
女性であれ、男性であれ、このような活動をされる方に心から敬意を表します。

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2012年12月11日 (火)

東日本大震災 43

東日本大震災発生後今日で1年9ヶ月が過ぎました。東日本大震災のことが薄らいでゆかないよう自分を戒めるため記していますが、断片的なことしか書けません。

2時間ほど掛かり軽トラで自家製の野菜を届けている年配の元トラック運転手、東京から週末に被災地に赴き診療を続けている女医さん。寒さの増す中今でも遺体を捜し続ける潜水士の方々。

当方が知らないだけで、こういう方はまだまだたくさんいることと思います。とかく目前の出来事に目が行きがちになりますが、人知れず地道に支援を続けている方々が多くいることを心強く思い、深く尊敬いたします。

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